「岸田議連」に続き「片山調査会」も首相に提言
自民党金融調査会(会長・片山さつき元規制改革相)は6月3日、2025年度の提言を石破茂首相に手渡した。
金融関係では4月下旬にも、岸田文雄前首相が会長をつとめる資産運用立国議員連盟が「資産運用立国2.0に向けた提言」を首相に申し入れている。その中に盛り込まれた「プラチナNISA」が注目を集めたことは記憶に新しい。
それでは、金融調査会による6月3日の提言においては、資産運用立国の実現に関してどのような項目が掲げられているのだろうか。該当部分を以下に引用する(太字は文月)
1. 家計の安定的な資産形成
・若者から高齢者まで全世代の安定的な資産形成の支援(全世代に向けた NISA の拡大・利便性の向上等)
2. 資産運用業・アセットオーナーシップの改革
・金融・資産運用特区のプロモーション強化、アセットオーナー・プリンシプルの周知・受入の推進
3. スタートアップ・成長企業への投資やインパクト投資の推進
・非上場株式の投資の活性化
・M&A促進やスタートアップの出口戦略の多様化
・インパクト投資の推進
4. 市場の魅力向上に向けた取引所等の取組み
・グロース市場の見直し(上場維持基準の見直し、それに併せた東証による成長支援と十分な助走期間の確保、非上場株式の取引活性化 )
・投資単位の引き下げによる投資家の裾野の拡大
金融調査会は、昨年の提言にも「アセットオーナーシップの改革」や「スタートアップエコシステムの改善」、「市場の魅力向上に向けた取引所等の取組み」を並べていた。大きく違うのは、昨年は筆頭に「資産運用会社の競争力強化」を掲げ、具体的な施策として、金融庁の担当部署設置やプロダクトガバナンスのプリンシプル策定などを並べていたのに対し、今年の提言では、筆頭にNISAの拡大・利便性の向上や家族サポート証券口座の普及促進といった高齢者を金融面から支えるための環境整備が掲げられている点だ。
2024年1月から始まった新NISA制度が多くの国民に受け入れられる中、2025年1月にトランプ政権が発足し世界の金融資本市場が不安定化すると、次第にNISA利用者が伸び悩んできた。そこで、さらなるNISA拡充を図るべく、二の矢、三の矢を放ちましょうと提言しているわけだ。
「退職世代を含めあらゆる世代に向けた」
金融調査会はNISA拡充策として、以下の2つを掲げている。(以下、太字・下線は文月)
- つみたて投資枠における投資可能年齢の下限の撤廃
・子育て支援・少子化対策の一環として、政府はつみたて投資枠に限り投資可能年齢の下限を撤廃し、早期からの投資を可能とする制度の検討を含め、若年層の資産形成の推進のための具体的な方策を検討すべきである。このことにより、高齢世代に偏っている金融資産が若年世代に移転することを通じて、若年世代も資産運用立国の恩恵を受け、少しでも多くの蓄えのある状態で若者が人生をスタートできるようになることも期待される。
- 対象商品の拡大及びスイッチングの解禁
・現下の物価上昇の下においては、一定の投資を含めて計画的な資産運用を行いつつ、長期投資の成果の一部を取り崩し、生活に充てたいというニーズが高まっている。このため、金融機関における手数料を含む顧客本位の金融商品・サービスの提供の確保を前提に、こうした趣旨に沿うよう、対象商品の拡大及びスイッチングの解禁を含む制度の充実を検討するなど、政府は退職世代を含めあらゆる世代に向けた資産運用サービスの充実の具体策について検討すべきである。
このうち、「つみたて投資枠に限り投資可能年齢の下限を撤廃する」は、資産運用立国議員連盟が4月にまとめた提言でも全く同じ文言で掲げられている。
その一方で、資産運用立国議連の提言で「高齢者に限定して対象商品の拡大・スイッチング解禁を図る『プラチナNISA』の導入など、政府は退職世代向けの資産運用サービスの充実に取り組むべきである」と記している箇所について、6月3日の金融調査会の提言では「高齢者に限定して」と「プラチナNISAの導入」が削除されるとともに、「退職世代向けの」という文言が「退職世代を含めあらゆる世代に向けた」へと書き換えられており、高齢者向けの施策というトーンをかなり落とした内容となっている。「年齢制限なく例えば毎月分配型投資信託などをNISAの対象商品とするほか、スイッチングも認める」と読めるものであり、さらに踏み込んだ拡充策となっているように思われる。足元、自民党内でNISA拡充推進の動きが強まってきているのかもしれない。
ただし、6月3日の金融調査会の提言では、上記の具体策の記述の前に、「政府は、若者から高齢者まで全世代の安定的な資産形成を支援する観点から、以下の項目を検討すべきである。その際、NISAに関する有識者会議を活用するなど、家計の安定的な資産形成の促進の観点から、NISAについて、効果検証を行いつつ、その制度や運用上の改善点を検討する PDCA態勢を構築すべきである」と記している。新NISA制度が始まって1年が経過する中、同制度が家計の安定的な資産形成という目的に沿った成果を生んでいるか、しっかりと検証することも重要だと指摘しており、拙速な拡充を諫めているように読める。
よって、さらなるNISAの拡充スピードは、金融業界が期待するほど早くない可能性がある。また、少数与党の状況下、骨太の方針に記載された施策がすんなりと実行に移される保証もない。今のところ野党からはNISA制度についてネガティブコメントは出ていないが、政局次第では、NISA拡充はしばらくおあずけということも考えられる。
自民党はtoBからtoCに転換できるか
余談であるが、先日、石破政権幹部の講演を聴く機会があった。その幹部は、「これまで自民党のビジネスモデルはBtoB(組織・団体を向いたモデル)であったが、これからはBtoC(一人一人の国民を向いたモデル)に転換する必要がある。近時、企業をはじめ、町内会、PTA、労働団体など組織への忠誠心が国民の間で薄れており、政党は組織経由で個人の信任を得ることが難しい状況にある。例えば、菅義偉元首相が主導したふるさと納税、不妊治療の保険適用、携帯料金の引き下げといったようなBtoCの政策をこれからも掲げていくことが重要であろう」と熱く語っていた。筆者は、NISA拡充は典型的なBtoC政策だと思うがいかがだろうか。