著者
Gregory Bond
マン・グループ グループCIO
研究開発関連投資の急増にもかかわらず、生産性の向上が停滞しているという矛盾を解決するためには、AIの活用で、研究成果を人間の能力や人数の限界から解放する必要があります。
主要点
・前例のない規模でAI関連の設備投資が行われているにもかかわらず、生産性の向上はいまだに確認されていません。過去の経験を踏まえると、生産性の向上には時間がかかります。米Apple社は、まさにこの課題を浮き彫りにしています。われわれの推計によると、2005年から2024年にかけて研究開発(R&D)関連リソースが9倍に増加したにもかかわらず、研究生産性は年間約40%低下しています。さらに、米国企業1,218社を対象とした1975年から2024年までの分析でも、R&D投資が年間6%で増加している一方で、研究生産性の中央値は10%低下していることが明らかになっています。
・AIは、人間の研究者の能力を補完し、人手不足という制約を受けずに、規模を拡大できる自律的な「デジタルな研究者」として機能することで、この問題に対処できる可能性があります。
・過去の事例は、忍耐が必要であることを示唆しています。過去の汎用技術の経験では、経済全体で生産性が向上するまでに20年から40年あまりかかりました。そのため投資家は、経済全体の生産性に関する指標ではなく、R&D集約型セクターにおける企業レベルの指標を注視すべきであると考えます。
テクノロジーに対する悲観論
2025年を通して、AI関連の設備投資がニュースの見出しを独占しました。ある推計によれば、2025年上半期の米国の実質GDP成長率の92%は、情報処理機器およびソフトウェアへの投資によるものでした※1。AI関連の設備投資は、特にハイパースケーラー(巨大クラウド事業者)において衰える兆しが確認されておらず、引き続き株式市場の動向に大きな影響を及ぼしています。
しかしながら、設備投資ブームよりも重要な点は、マクロレベルでの生産性への影響です。足元の高いバリュエーションを正当化するためには生成AIやエージェント型AI(自律的にタスクを遂行するAI)が、生産性の向上を実現しなければなりません。その点において、2026年1月初旬に発表されたここ最近の生産性に関するデータは注目に値します。米労働省労働統計局の発表によると、2025年7-9月期の非農業部門の労働生産性は+4.9%上昇し、4-6月期分も+4.1%へと上方修正されました。一方で、単位労働コストは2019年以来初めて2四半期連続で低下しました※2。これがAIによるものかどうかは不明であり、このような短期間でその影響を判断することは時期尚早であるものの、長期的なトレンドが低迷している中で、このような良好な結果が出たことは明るい材料であると思われます。
ノーベル賞経済学受賞者のロバート・ソロー氏が1987年に指摘した「コンピュータの時代ということを至る所で目にするが、生産性の統計には表れていない」は、残念ながら現在の状況にも当てはまっています。図表1はこの「ソロー・パラドックス」を示しています。アナログからデジタル技術への移行を含むイノベーションの波が押し寄せたにもかかわらず、第二次世界大戦以降、米国経済の全要素生産性(TFP)の伸びは低下傾向をたどってきました。20年移動平均で見ると、その伸び率は1960年代に2%超でピークに達した後、1970年代初頭から低下を続け、2010年代までには1%未満となりました。つまり、デジタル革命があったにもかかわらず、生産性の伸びは半減してしまったのです。このパラドックスは世界的な現象であり、他の先進国や新興国にも同様の状況となっています。
※1: ハーバード大学ジョン・F・ケネディ・スクール教授のジェイソン・ファーマン氏による、米経済分析局(BEA)のデータを引用したX(旧Twitter)への2025年9月27日の投稿、※2:米労働省労働統計局(BLS)。(2026年1月8日)。2025年7-9月期の生産性とコスト(速報値)。米国労働省。
図表1:全要素生産性の20年移動平均年率成長率(1947年4-6月期~2025年7-9月期)

直近の8四半期の状況
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Source: Quarterly data. Man calculations and Federal Reserve Bank of San Francisco. John G. Fernald, “A Quarterly, Utilization-Adjusted Series on Total Factor Productivity.” FRBSF Working Paper 2012-19 (updated March 2014). Produced 8 January 2026 by John Fernald and Shane Boyle.
このようなパラドックスの要因については議論が分かれています。図表1の1990年代の生産性向上局面に関する解釈の違いがこのような意見の対立を象徴しています。ロバート・ゴードン氏(2016年)はこの期間を、長期停滞の中の一時的な「急上昇」に過ぎないとしています。対照的に、ブリニョルフソン氏とヒット氏(2000年)は、ITは企業の生産性を大幅に向上させているものの、組織変革や製品の品質向上などといった目に見えない投資の価値をマクロ統計が捕捉しきれていないのだ、と主張しています。
短期的には不確実性が残るものの、AIは過去の技術とは一線を画しているように思われます。これまでの技術とは異なり、AIは「ツール」であると同時に「エージェント(代理人)」としても機能するからです。デジタルな研究者が、生身の人間の研究者と並んで働く世界を想像してみてください。全要素生産性の成長をけん引する、研究主導のイノベーションを「アイデア」と表現することができます。ブルーム氏(2020年)は、経済成長を牽引する新しいアイデアのフローは以下のように決定されると主張しています※3。
※3:ヴィンス・ゴール、「米国の生産性が2年ぶりの高水準に加速」、ブルームバーグ・ニュース、2026年1月8日。
アイデアのフロー=研究生産性 × 研究者の数
AIは、2つの経路を通じて、新しいアイデアの伸びの鈍化という課題に対処できる可能性があります。
1.人間の研究者を強化して、研究生産性を高めること(つまり、研究者1人あたりが生み出すアイデアの数を増やすこと)。
2. 人材の数の限界を超えて規模を拡大できる、自律的な研究者として機能すること。
人間の研究者の増加は、人口動態(年率約1-2%増)によって制限されていますが、AIの研究者はそれよりもはるかに高い率で増やすことが可能です。さらに、人間には不可能な方法で連携することもできるため、仮に研究生産性が低下傾向にあったとしても、イノベーションの総出力を押し上げることが可能となります。マン・グループでは、すでにこの分野で一定の進展が確認されており、定量的な研究仮説を生成・評価するエージェント型AIのワークフローを開発しています。

