石破茂政権が船出した。自民党の総裁選期間中は金融課税の強化に言及して市場に波乱をもたらしたが、旧岸田派の支援で総裁選を勝ち抜いたうえ、もとより経済分野には関心が薄いこともあり、資産運用立国プランなどの経済政策は岸田路線を引き継ぐとみられる。
既定路線を推進するかたちになり、金融庁は「仕事が進めやすくなるのでは」(中堅幹部)と期待する向きもある。仕事がやりやすくなる金融庁は何をするのだろうか。ヒントは7月5日に公表された「リスク性金融商品の販売・組成会社による顧客本位の業務運営に関するモニタリング結果」にある。
ただし、よほど気を付けなければ見落としてしまうところに書かれている。この「モニタリング結果」を素直に読むと、当局は外貨建て一時払保険の販売実態に警鐘を鳴らしたと受け取れる。それは正しい理解だが、その先の課題も示されている。それに気が付いた読者は何人いるだろうか。
「真実は細部に宿る」、隠れたメッセージは注記にあり
駆け出しの記者時代、先輩記者に「役所の資料は注記を読め」といわれた。一つは普段からしっかり取材していれば本文に書かれていることは知っていて当然という意味。もう一つの意味は様々な力学から本文には載らなかったが、見過ごすことのできない問題や当局の隠された問題意識などが注記に盛り込まれるケースがあるという教えだ。
実際、役所の担当者が自分で取りまとめた報告書の注記を指し「真実は細部に宿る」と語ったこともあった(報告書の巻末にappendixと称して脈絡のないグラフなどが載っているケースもある。ここからも役所の意図を読み取れることができる)。
政策面で政治主導が強まり、官僚の影響力低下がいわれているが、何といっても霞が関は国家権力そのもの。監督官庁が出す報告書が関連業界に与えるインパクトは大きい。
報告書で取り上げる内容や書きぶりについて役所の内部で議論が白熱することがある。ときには業界団体や族議員などを巻き込んで混乱を来すこともある。
金融庁でいえば金融商品の不適切な販売が発覚したとしてこれを報告書で取り上げるか否か。取り上げるとしてどのくらい強い言葉で非難するかなどだ。
こうした葛藤を経てあるものは本文に残り、あるものは注記に押しやられ、またあるものは報告書から完全に消える。本文に残ったものは多くの関係者に是認されたもので「概ね想定の範囲内」といえるものが多い。他方、注記にすら載らなかったものは当面、指導やモニタリングの圏外に去ったとみてよいだろう。問題は報告書のキワである注記に残った記述だ。
本文に外貨建て保険や仕組み債、注記にファンドラップ
では、「モニタリング結果」を見ていこう。 ここでは「販売・管理等における態勢面の課題」として①外貨建て一時払保険②仕組み預金③仕組み債④その他のリスク性金融商品――の4つを挙げ、特に外貨建て保険について契約期間の短期化による運用成績の悪化、適合性の原則の検証が不十分な点などを指摘。同商品の販売実態に厳しい見方を示している。
ここから当局が外貨建て保険の在り方を問題視していることは明らかで、既に対応を迫られている金融機関も少なくない。だが、こうした内容は事前に伝わっており、例えば三井住友信託銀行は報告書の公表前に一部の外貨建て保険の販売を停止している。
一方、注記には何が書かれているか。最も目を引いたのは17ページにある注記50だ。報告書には難解な記述が載っているが、その意味はこうだ。
「期待リターンAから総コストBを引くとネットの期待リターンCが残る。このCを先のBと比べると、ファンドラップの一部のコース(最も保守的なもの)では、BがCを上回っている(A-B=C<B)」
つまり、顧客の資産とリスク負担で獲得したリターンの過半がコストとして金融機関に吸い取られている構造だ。中には、「Cがほぼゼロのケースもある」という。これでは顧客は業者を食わせるためにファンドラップを契約したようなもので、金融庁としては見過ごせないだろう。
ファンドラップは生き残るか、助言ビジネスの高度化に望み
期待リターンの過半が総コストに食われてしまうファンドラップの問題点が注記に書かれた以上、関連する金融機関はいずれ当局の追及を受けるだろう。ただし、優先順位は本文にあった外貨建て保険が先になるはずだ。
猶予を与えられた金融機関はこの間にファンドラップのコストを下げるかポートフォリオのリスク水準を見直して期待リターンの向上を図るなどの対応が求められる。当然、後者を取るならば、リスクを引き上げる意味と効果を顧客に説明し納得してもらう必要がある。
いわば、顧客をエデュケートするわけで、これこそ助言ビジネスであるファンドラップの神髄ではないか。リスクに尻込みする顧客に相手の年齢や保有資産、将来設計などを考慮し資産運用で適切なリスク水準を取るように導くにはアドバイザーに高いスキルと熱い情熱が求められる。ファンドラップのコストはその対価のはずだ。
どんな業種でも困難な仕事をこなすことで高いコストが正当化される。ヒアリングシートの記入内容に沿ったポートフォリオを淡々と提案し、顧客に高コストを求めるファンドラップの現状を「まっとうなビジネス」と胸を張っていえるだろうか。
ファンドラップが当局の指導の焦点になるまでにはまだ時間がある。この間に助言ビジネスとしてのファンドラップの高度化が進むことを期待したい。
自民党金融族が続々引退、金融庁は新しい資本主義会議で布石
石破政権の誕生と同時に自民党金融族の中心人物である越智隆雄・元金融担当副大臣(旧住友銀行出身)や小倉将信・元少子化相(日銀出身)らが衆院選に立候補せず、引退した。今後は村井英樹・前内閣官房副長官(財務省出身)や神田潤一・金融担当政務官(日銀出身)などが存在感を高めそうだ。
それでも、永田町の応援団が少なくなって心細くはないだろうか。内閣官房の「新しい資本主義実現会議」の資料のキワなどを読み込むと、既に布石を打っているようだ。金融庁の構想は「外堀を埋めた」ところまで到達した気がする。
なお、今回取り上げた「モニタリング結果」には注記50のほか、もう1つ極めて重大な注記がある。読者自身で探してみてはどうだろうか。