リテール業務を営む金融機関において、みながみな、2024年1月から始まるシン・NISAを歓迎しているかというと、どうも違う。そもそもコモディティ化した商品しか扱えないNISAの収益性は低い。特に、低コストが条件づけられているうえに、採算度外視とも思われるコスト最安値競争が展開されているつみたてNISAにおいては、買付額が大きく積み上がるまでは、ネット証券においてすら運営コストを上回る収益を得ることは厳しい。
一例として、つみたてNISAの買付ランキングでトップを競う「eMAXIS Slim米国株式(S&P500)」を見ると、信託報酬(税込み 0.0968%)のうち販売会社の取り分は0.0374%の部分となっており、100億円の残高を積み上げても年間374万円の収益にしかならない。極端な話だが、この商品だけで販売に係る人件費、システムコスト、決済費用、宣伝費などをまかなおうとすると、数兆円規模まで残高を積み上げる必要がある。つみたてNISA全体の買付額が3兆円弱(2022年12月末時点)に留まる現状では、当面赤字が続くものと思われる。
よって、NISA制度は顧客を様々な投資の世界に導くフックツールと位置づけ、成長投資(旧一般NISA)枠で、ある程度手数料が確保できる商品を提供しつつ、その他商品・サービスのクロスセルに注力し、コストを吸収していくことになる。
非課税枠が大きすぎて「間口」にならず
政府が2022年11月にまとめた「資産所得倍増プラン」によると、現行のNISA制度の利用状況は以下の通りである。
①NISA を利用する個人の7割は年収 500万円未満
②NISA 利用者の過半数は世帯保有金融資産が 1,000 万円未満
③どの世代でも概ね2割の国民が口座を開設、30 歳代まではつみたてNISA、40 歳代以上では一般 NISA の開設が多い
④足元では、特に20 ~ 30 歳代の若年層の買付が伸長
おそらく大抵の顧客からすれば、シン・NISAの非課税枠が大きすぎて、NISA口座だけで証券取引が完結してしまう。年間の成長投資枠240万円、つみたてNISA枠120万円を使い切るほうが大変だろう。
そうだとすれば、岸田政権によるシン・NISAの「大盤振る舞い」は、リテール業務を営む金融機関にとっては必ずしも旨味のある制度とは言えないかもしれない。
永田町や霞が関においても、NISAの収益性を気にする声はある。一時的な事象であればまだしも、長期にわたりNISA取引の赤字を他の商品・サービスでカバーする運営は健全な姿ではないとの意見もある。サステナブルなNISA制度にするためには、顧客のみならず、運用会社にも、販売会社にも相応の果実をもたらすものでなければならない。何事もバランスが大事なのだ。
顧客がライフプランに合わせ、NISA口座とその他口座を使い分けて、適切にポートフォリオを構築できるようになるのが理想か。政府はNISAの抜本的拡充と併せて、金融経済教育の促進や中立的アドバイスの提供を掲げており、そのような顧客が増えてくることが期待されるが、それなりの勢力になるには、相当な時間がかかるだろう。
しからば、コストをかけてNISA口座保有顧客を囲い込んだ金融機関が、コスト回収を優先させて自分本位の営業を展開しないか、みなが目を光らせる必要がある。
安定的な資産形成を目指す顧客にとって、シン・NISAは最強のツールであり、真に顧客のためのツールとして活用されることを筆者は望む。「一人1口座」でもあり、どの金融機関にNISA口座を保有するかは、重要なポイントとなってくる。顧客には、正真正銘「顧客本位の業務運営」に取り組む金融機関を選んでほしい。