妻を失意の底に落とす「冷笑」

連日、由香は終電近くまで残業し、疲弊しきって帰宅する。ドアを開けても、健太はリビングを占拠するトレーニングスペースでスクワットに夢中だった。視線すら合わせようとしない。

テーブルの上に置かれているのは、健太が「ついでに作っておいた」という、味付けのない蒸し鶏と茹でたブロッコリーのタッパーだけであった。

「今日ね、プロジェクトで大きなトラブルがあって……」

由香が愚痴をこぼそうとしても、健太はプロテインシェイカーをシャカシャカと鳴らしながら、冷たく言い放つ。

「愚痴を言っても、ストレスホルモンのコルチゾールが出て筋肉が分解されるだけだよ。それより早くそのタンパク質を摂りな。僕はもう寝るから雑談は短くして」

由香が求めていたのは、栄養素の管理ではなく、「お疲れ様、大変だったね」という、たった一言の優しさと、今日あった出来事を共有する温かい時間であった。

たまの休日に「美味しい和食のお店を見つけたから2人で行かない?」と誘っても、健太はバッサリと切り捨てる。

「外食の油は悪毒だし、会話しながらダラダラ食べるのは時間の無駄。君ももっと自分の体に投資したら?」

健太にとって、由香との食事は「無駄なカロリーと無駄な時間の消費」でしかなかったのだ。同じ部屋に居ながら、まるで透明人間として扱われるような孤独感。由香の心は、日に日に削られていった。