仕事に打ち込んで年収を伸ばし、NISAや確定拠出年金を活用して長期投資を行う――そのようにして現役時代から資産形成に励み、老後の自由な時間を楽しみにしている方も多いでしょう。しかし、十分な資産が用意できても“理想の老後”とは程遠い生活になってしまうケースも……。お金以外に何を準備しておくべきなのでしょうか?

こんなはずじゃなかった…予想外の定年後

「お父さん、いい加減にしてよ。今さら仲良しごっこ?」

まともな会話が途切れていた我が家のリビングで、娘の恵美(28歳)が冷ややかな視線を投げてきた。その言葉は、坂本和彦(60歳)の胸を冷たい刃のように刺した。

こんなはずじゃなかった。長年、家族のために汗を流し、大手製造メーカーで部長にまで上り詰めた。それなのに、定年を迎えた和彦を待っていたのは、感謝ではなく居場所のない冷遇だった。

熟年離婚や家庭崩壊――どこか遠い世界のニュースだと思っていた話題が、和彦の足元に静かに押し寄せていた。

「稼ぐこと」が絶対的な使命だった現役時代

「俺の定年後は公的年金と企業年金を合わせて月30万以上入るし、2500万の退職金も残してやる」

現役時代の和彦は、たびたび家族にそう言い放っていた。

毎朝7時に家を出て、繁忙期には終電で帰るような生活を38年。参観日や運動会といった家庭の行事には一切顔を出さず、家事や育児はすべて妻の由紀子(57歳)に丸投げしてきた。

家庭のことには一切関知しない代わりに、自分は稼いでくることが絶対的な使命であり、家族への最大の愛情だと信じて疑わなかった。

仕事一筋で家を空け続けた38年間。和彦は妻がどんな思いで家庭を守り、どんな生活を送ってきたのか、関心すら持っていなかった。