理想の老後のはずがなぜ? 家庭に漂う冷たい空気
今年3月、60歳で定年退職を迎えた。これでようやく肩の荷を降ろし、家族とゆったり過ごすことができる。そう胸を躍らせていた。
しかし退職翌週の月曜日、和彦を包んだのは気まずい静寂だった。朝8時、私服に着替えてリビングへ降りると、由紀子は和彦の顔を見ようともせず黙々と食器を洗っている。
「おい、俺の朝飯は? それと今日の昼飯はどうするんだ。12時には出せるように準備しておいてくれ」
声をかけると、由紀子の背中がピクリと硬直した。
「……自分で冷蔵庫にあるもの食べて。私、今日はパートだから」
低く掠れた声だった。その態度はまるで、邪魔な居候を扱うかのように冷淡だった。
暇な時間を持て余し…ついやってしまった「家事への口出し」
家の中で過ごすようになると、今まで気にも留めなかったことが目につくようになった。
「由紀子、掃除機のあて方が非効率だぞ。奥から順にかけないと意味がない」
「スーパーのレシート見たけど、食材ごとに店を使い分けた方がいいんじゃないか?」
「昼間からテレビを見るのは時間をドブに捨てるようなものだ」
暇を持て余した和彦は、職場の癖から、由紀子の家事や生活スタイルに細かく口を出し、指示を飛ばすようになった。
由紀子は何も言い返さず黙り込んでいたが、その目には冷ややかな色が日に日に濃くなっていった。だが、和彦がそれに気づいたのはもう少し後のことだった。
