ポッドキャスト番組「投信フリーク」第8回は、『投信30年史「今では考えられない状況」から350兆円時代へ』。
投資信託の分析評価等を行うQUICK資産運用研究所の所長、清家 武さんをゲストにお迎えし、トークを繰り広げました。新卒で山一證券に入社してから現在に至るまで約30年間、投資信託の世界をウォッチし続けてきた清家さんに、投資信託の商品そのものはもちろん、販売を担う金融機関の変遷も含め、「投信30年史」を振り返っていただきました。
そんな投信フリーク#8より、「1990年代の証券会社の営業スタイル」「投資信託350兆円時代に至るまでの注目点」や「投信窓販黎明期の象徴的なファンド」など一部抜粋・再編集してお届けします(収録は6月25日)。
▼全編はポッドキャストでお聞きください。
<ゲスト:清家 武 氏>
QUICK資産運用研究所所長。1994年山一證券に入社後、QUICK情報本部 ファンドアナリスト、QBRチーフファンドアナリスト等を経て現職。投資信託、金融市場のマーケティング、分析を行う。2018年以降、金融庁に、運用会社KPIや投資信託やファンドラップのパフォーマンスなどの分析データを提供。
「今では考えられない」投信の営業販売の実態
――清家さんと投資信託の出会いやきっかけ、当時の投信販売の状況について教えてください。
1994年に新卒で山一證券に入社し、お客様にセールスしたのが投信との最初の出会いでした。
今では考えられないことですが、当時、投資信託の販売のほとんどを大手証券会社が担っていました。しかも取り扱うのは自社の系列の運用会社の商品ばかり…。私がいた山一證券では山一證券投資信託委託が運用する商品ばかりをご案内していたんです。
そのうえ、扱うファンドは基本的に日本株のみ。「日本株のファンドを利益確定して米国株に乗り換えましょう」とか「マーケットが動いてるから債券型ファンドにしましょう」ではなくて、ひたすら日本株ファンドから日本株ファンドへの乗り換え営業で、定期的にお客さんから販売手数料を取るだけ。
近年になってようやく「顧客本位の業務運営」が重視されるようになり、実践されてきましたが、当時は「証券会社の収益を最優先して、お客さんの収益はどうでもいい」という営業がまかりとおっていたのです。さらにいえば、お客さんの損失が証券会社の収益ぐらいの感覚だったかもしれません。
今でも山一證券時代の元同僚と会うと話題になるんですが、当時は「畳の上では死ねない」と思っていまたし、30年以上も前のことが脳裏に横たわっていて今でも突然悪夢でうなされる人もいます。自分もその1人ですね。今もこの金融業界で仕事をしていますが、これまでの苦い経験や反省から、顧客本位の業務運営を普及させるのことが自分の中のライフワークになっています。
実際うれしいのはここ最近、ファンドラップやSMA*の残高が伸びてストック型の営業とそこからの収入が増えて、かつてのような乗り換え営業が徐々に減ってきたことです。お客さんの残高を増やすことが、営業員の成果に直結し、会社の収益にもなるので、利害が一致して、真の顧客本位の業務運営が実現できる状況になった。かなりの割合、残高営業、資産管理ができるようになってきたことはうれしく思っています。
*編集部注 SMA:Separately Managed Acountの略。証券会社・金融機関が顧客と投資一任契約を結び、資産管理するラップ口座サービスの一形態。

