夕方、勝美はキッチンで味噌汁の火を弱めると、リビングに目をやった。小学4年生になった息子の拓海がローテーブルの上に宿題を広げている。
「拓海、そろそろご飯だから片付けて」
「はーい」
拓海が階段を駆け上っていったところで、玄関の鍵が開く音がした。
「ただいま」
「おかえり。今日は早かったのね」
夫の行動に違和感を覚える妻
夫の裕樹は通勤カバンを置いた。そしてリビングへ入るなり床を見回したかと思うと、そのまま物入れへ向かう。取り出したのは掃除機だった。
「どうしたの? どこか汚れてた?」
「別に。ちょっと気になっただけ」
スイッチが入り、低い音が部屋に響く。裕樹はソファの前からテーブルの下へ、念入りに掃除機を滑らせていった。
勝美は専業主婦だ。リビングを含めた各部屋の掃除は、毎日欠かさずしている。それでも裕樹が掃除機を片手に何度も同じ場所を往復するのを見ていると、「ちゃんと掃除できていない」と責められているような気がしてくる。
裕樹は以前から几帳面ではあった。だが、勝美の目の前でわざわざ掃除をやり直すような人ではなかった。
「ご飯、できてるから。着替えたら、みんなで食べよう」
「ああ」
夕食は豚肉と野菜の炒め物に、味噌汁と冷奴だった。3人で食卓につくと、拓海はさっそく箸を伸ばす。
「これ、うまいね」
「よかった。野菜もちゃんと食べてね」
裕樹も炒め物を口へ運んだが、すぐに眉を寄せた。
「ちょっと味、濃くないか?」
「そうかな? いつもと同じくらいだと思うけど」
「それに最近、こういう炒め物が多いよな。たまにはもう少し違うものも出したら?」
それは以前から何度も出している料理で、裕樹も前は美味しいと言って食べていたはずだ。反論しかけた勝美は、向かいにいる拓海と目が合って口をつぐんだ。箸を止め、気まずそうに2人を見比べている。
「じゃあ次は、新しいレシピも考えてみるね」
なるべく穏やかに答えようとしたが、うまくできた自信はなかった。
