新NISAの浸透とともに、投資家ならびに金融業界にとって資産形成における確かな指針が問われている。多様な情報があふれる今、その答えを見つけるヒントはどこにあるのか。「本当に良いファンドとは?」——日本初の投資信託専門誌『投資信託事情』の発行人として約30年にわたり業界の光と影を見つめ続けてきた島田知保氏に聞く短期連載の第4回は「老後2000万円問題の本意」をテーマにひも解いていく。
「2000万円」だけが一人歩きした報告書
金融審議会の市場ワーキング・グループ委員を務め、のちに「老後2000万円問題」として大きな話題を呼ぶこととなる報告書の議論に加わった島田氏は次のように振り返る。
「報告書で最も伝えたかったことは、生き方の多様化が進む中で各自に合った資産の作り方を考えてほしいというメッセージでした。結婚や子どもの有無、介護の問題など一人ひとりの多様な状況に合わせた資産運用ができるよう業界は整備すべきですし、個人もそれぞれの立場から将来を見据えて考えてほしい——そうした意図がありました」
ところが、報告書に盛り込まれた「平均的な家庭では年金だけでは老後に約2000万円が不足する」という試算だけが一人歩きした。結果として、麻生太郎財務大臣(当時)が報告書の受け取りを拒否するという異例の事態に至った。
そもそも2000万円という数字は全ての人に当てはまるわけではない。地方在住で持ち家があれば不要かもしれないし、都心に住んでいれば生活スタイルによっては到底足りない場合もある。30代、40代のうちから自身が望む将来に向けて必要な額を試算し、備えてもらうことが本旨だった。
「顧客本位」が問い直された背景
図らずも2000万円という数字が社会に浸透したことで、少なくとも「自分で老後の資産形成を考えなければ」という意識は広がった。投資を「自分ごと」として向き合う時代の到来に、「金融サービスはもっと投資家に寄り添う必要がある」と島田氏は確信していた。
こうした金融サービスの在り方を問い直す機運は高まっており、2017年に金融庁が「顧客本位の業務運営に関する原則」を策定(2021年、2024年に改定)。「顧客の最善の利益の追求」「利益相反の適切な管理」「手数料等の明確化」など7つの原則のもと、業界への働きかけが進んでいった。そんな中で巻き起こった老後2000万円問題は「自分で老後の資産形成を考えなければ」という意識を社会に広く浸透させた。投資を「自分ごと」として向き合う時代が着実に到来しつつあった。
2022年には金融審議会「顧客本位タスクフォース」が設置され、島田氏もメンバーの一人として携わった。原則というルールが必要であるということは、ルールがなければ守られない状態だったということでもある。一連の流れを振り返って、顧客の最善の利益の追求などの「原則が改めて明文化された意義は大きく、一つのエポックとなった」と島田氏は言う。
そうして浮上したのが情報格差の問題である。多くの人に長期の資産形成を実現してもらうためにはアドバイザーの存在が不可欠であること、さらにそのアドバイス機能をいかに強化するかが課題として認識されていった。
