母の涙と叱責

病院で処置を終えた麻友は、病室のベッドに横たわっていた。

幸いにも怪我は捻挫と擦り傷だけで済み、入院も必要ないという。また消防による救助だったため、ヘリの出動費用はかからないらしい。説明を聞いて、麻友は感謝と申し訳なさでますます胸が詰まった。自分の判断の甘さによって、多くの人を巻き込んでしまった。

「はあ……」

ため息をついたそのとき、廊下を急ぐ不規則な足音が近づいてきた。

次の瞬間、勢いよく開いたカーテンの向こうに、達子が息を切らして立っていた。顔は青ざめ、目の縁が赤い。

「麻友……!」

名前を呼ばれた瞬間、声が詰まった。

「お母さん……ごめん」

達子はベッド脇まで来ると、麻友の肩を強く引き寄せて抱きしめた。そこにいることを確かめるように、指先に力を込める。

「ああ、もう……! 本当に無事で……本当によかった」

震える声で何度も繰り返す母。しばらく抱き合ったあと、にわかに達子の表情がきつくなった。

「どうして道を外れたの。お父さんのことで、山の怖さは分かっていたはずでしょう」

麻友は何も言い返せなかった。毎年登っている山だから。道も整備されているから。少しだけなら大丈夫と思ったから。頭に浮かぶ言い訳は、どれも口に出すには情けなく感じた。

「……分かってたつもりだった。でも、慣れてるから大丈夫だって油断して……本当にごめんなさい」

達子は唇を引き結び、ようやくイスに腰を下ろした。

「私も、毎年のことだからって、どこかで簡単に考えてたのかもしれないわ。麻友1人で行かせるべきじゃなかった」

呼吸を整えてから達子が静かに言った。麻友は布団の上で固く手を握った。父を偲ぶための山登りで、母にまた家族を失う経験をさせるところだったのだ。

「来年からは、天気が悪かったらやめよう。体調とも相談して」

「そうね。登れない年があっても、お父さんを忘れるわけじゃないもの」

そう言われて麻友は、スマホの電池が一瞬だけ復活したことを思い出す。偶然だったのかもしれない。それでも、父が自分を守ってくれたのだと、そう思わずにはいられなかった。

窓の外では、病室を包み込むように、霧雨が白く煙っていた。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。