泥と雨の中でつないだ命
雨は一向に弱まらなかった。
わずかに体勢を変えただけで、足首に鋭い痛みが走る。それでも、濡れたまま座り込んでいるだけではいけない。麻友はこれ以上滑り落ちないよう、斜面に張り出した木の幹に身体を預けた。バックパックを腹の前に抱え、タオルで首元と髪を拭き、少しでも体を冷やさないようにした。十分とは思えなかったが、何もしないよりはましだろう。
麻友は濡れた手をタオルで拭い、紙のマップを広げると、スマホの電源ボタンを押した。
1回、2回、3回。
画面は暗いままだった。
「お願い……」
祈りながら、もう一度長押しする。
すると、画面の端に白い光が浮かび、見慣れた起動画面が表示された。
電池の表示はほとんど残っていない。電波も1本立ったり圏外になったりしていた。麻友は震える指で通話画面を開き、119番を押した。
「火事ですか、救急ですか」
繋がった瞬間、麻友は食い気味に答えた。
「救急です。山の中で足を挫いて動けません」
「場所は分かりますか」
「見晴台を過ぎて、少し登ったところです。小屋に向かう途中で……正規の道を外れて、斜面を滑り落ちました。道標の番号は、たぶん……」
雨音で声がかき消されそうになる中、麻友はスマホを耳に押し当て、自分の状態を必死に伝えた。相手は短く的確に質問し、声をかけ続けてくれた。
「電池が、もう切れそうです」
「分かりました。動かず、その場で待ってください」
その声を最後に、画面は完全に暗くなった。
救助を待つ時間は、長くも短くも感じられなかった。足の痛みと寒さで、何度も意識が遠のきそうになる。そのたびに麻友は木の根に体を預けたまま、時折声を出して助けを呼んだ。
「ん……」
ふと遠くから、風とは違う低い音が聞こえた。何かが少しずつ近づいてくる。それがヘリの音だと気づいた瞬間、麻友は泥だらけの手を上げた。
「ここです!」
声はかすれていた。それでも叫び続けていると、やがて救助隊員の姿が視界に入った。
「大丈夫です。そのまま動かないでください」
はっきりした声が降ってきたかと思うと、駆けつけた隊員たちが麻友の冷えた体を支え、足の状態を手早く確かめてくれる。担架でヘリに乗せられ、全身を毛布に包まれたころ、ようやく自分が助かったのだと実感した。
安堵と同時に、恥ずかしさと申し訳なさが込み上げる。しかし、謝意を告げる間もなく、麻友は重低音が響く機体の中で瞼を閉じた。
