上司と部下の歩み寄り

数日後、和司は再び会議室に呼ばれた。和司を出迎えた村瀬の顔は以前よりも柔らかくなっていた。

「確認が取れました。結論から言うと今回の件をハラスメントとして扱う必要はないという判断になりました」

「……そうですか」

和司は軽く息を吐いた。

「ただ、会議室での言葉の一部は受け取り方によっては強い圧力に感じられる可能性があります。定岡さん本人も報告を怠ったことは認めていますが、高浜課長の言葉にかなり落ち込んだのは事実のようです。ですので、今後は業務上の注意と価値観への言及を分けるようにしてください。会社としては、そこだけ厳重に注意させていただきます」

「……分かりました」

すると会議室に定岡が反省した顔で入ってきた。

「……申し訳ありませんでした。話が大きくなって課長に迷惑をかけてしまって」

和司は首を横に振って否定した。

「いや、いいんだ。体調は大丈夫か?」

「はい、長引いてしまいましたが、もう大丈夫です」

和司は頷き、定岡に頭を下げた。

「あのときはキツいことを言ってしまって本当に申し訳ない。仕事上の報告をしてほしいというべきだったのに、お前の考え方まで否定するような言い方をしてしまった。……仕事は人生を豊かにする一要素だと言っていたな。あのときは甘えに聞こえた。でも家で家族との時間を過ごして今はその考えが分かる気がするよ」

「そ、そんな……! やめてください。今回のことはすべて私が悪くて……。そもそもちゃんと私が報告をせずに勝手に仕事を後回しにしたのが原因ですから……」

「……報告は今後ちゃんとやるようにしよう。ただ残業を前提に仕事を進める必要はない。急ぎの仕事ができたら1人で抱えず、まず共有してくれ。できるだけチームで共有して、皆が定時で帰れるように仕組みを変えていこう」

和司がそう言うと定岡は驚いたような顔をしてうなずいた。

和司にあらわれた仕事観の変化

終業時間のチャイムが鳴ったころ、和司は帰宅の準備を始めた。

すると定岡が声をかけてきた。

「課長、この資料は明日の午前中対応で問題ないですか? 必要なら今からやりますが?」

資料を確認して和司は首を横に振った。

「いや、これは大丈夫だよ」

「ありがとうございます。じゃ、お先に失礼します」

そう言うと定岡は軽い足取りで帰って行った。定岡の背中を見送りながら和司は携帯のカレンダーを開いた。次の祝日には里奈の練習試合の予定が入っていた。和司は、この日だけは仕事を入れないようにしようと、もう何度目になるか分からない誓いを立てて会社を出た。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。