息子が開けた戸棚の中身

真希が煮物をタッパーに移していると、居間にいた息子が台所へ顔を出した。

「ママ、お菓子ってどこ?」

息子は食品棚の前で足を止めた。

「お菓子?」

「前に来たとき、ここらへんに丸いおせんべいがあった」

「勝手に開けちゃダメ。ばあばの家なんだから」

軽く注意したが、息子は、返事だけして棚の前から離れない。以前しまってあった場所を覚えているらしく、取っ手に手をかけた。

「こら、開けないでって言ったでしょ」

真希が手を拭いて近づく前に、息子は戸棚を開けて、こちらを振り返った。

「ママ、これ何?」

開きかけた扉の奥には、薄い緑色や白を基調とした箱が大量に積まれている。高齢者のイラストや、「腰まわりのつらさに」「毎日の動きをサポート」といった文字が目に入った。

「何これ」

真希は未開封の箱を1つ手に取った。どうやら中身はサプリメントらしい。戸棚の奥には、まだ封を切っていない段ボールも残っている。

「母さん、これ、どうしたの?」

居間を振り返って尋ねると、母はそこで初めて顔を上げた。真希の手元を見た瞬間、表情が固まる。

「あー、それね、あとで片付けようと思ってたのよ」

「片付けるっていうか……ものすごい量だけど?」

「たいしたものじゃないの。腰にいいっていうから、ちょっとね」

真希は箱を持ったまま、母を見つめた。

母は昔からお人好しだった。PTAや町内会の役員を半ば押し付けられる形で引き受けたり、近所の人に勧められるがまま、必要のないキッチン用品を買ってしまったりしたこともあった。相手との関係性を優先し、自分のことは後回しにする。母が損な役回りをさせられるたび、真希はもっとはっきり断ればいいのにと思っていた。

「誰かに勧められたの?」

「いや……そういう大げさな話じゃないのよ」

母の歯切れの悪さに、真希の中で不安が膨らんだ。

マルチ商法か、怪しい健康商法か。腰の痛みにつけ込まれて、母が何かよくないことに巻き込まれているのではないか。

息子が不安そうに真希と母を見比べているのに気づき、真希は慌てて、何でもないというふうに首を横に振ってみせた。しかし、手の中の箱に印刷されたやけに明るい文字が、はっきりと頭に残って離れなかった。

●腰を痛めた母の買い物を手伝うため、息子を連れて帰省した真希。弱った母の様子に胸を痛めながら家事をこなしていたが、台所の戸棚を開けた息子が思いがけないものを見つけてしまう…… 後編【「いつからか毎月…」腰痛の母がハマった定期購入地獄…娘が知った孤独の代償】にて、詳細をお伝えします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。