「いいじゃん、相続は俺に譲ってよ」

そんな状況の中、道雄さんが母・江美子さんの財産に目を付けるまで、そう時間はかからなかった。

「姉ちゃんは独身だし、いいじゃん、相続は俺に譲ってよ」

道雄さんは姉・彩子さんに対して、将来江美子さんが亡くなった際は相続放棄するよう迫った。
さすがに彩子さんも断った。

「何を言ってるの? 普通に平等に分けるべきでしょ」

ただ、彩子さんが断っても、道雄さんはなかなか諦めなかった。

最終的には彩子さんの職場や、恋人の自宅にまで現れるようになった。

「姉ちゃんさぁ、何でわかってくれないわけ?」

さもそれが当然かのように、道雄さんは相続を諦めるよう迫った。

ただ、普通はそんなことをされても「無理なものは無理」とはねのけるだろう。

だが、彩子さんにとって、道雄さんは子どものころから逆らいにくい相手だった。
そんな過去のトラウマに加えて、職場まで執拗に付け回されたことによって、彩子さんには精神的な疲労が蓄積され、正常な判断が鈍ってしまっていた。その結果、ついに「わかった、相続はあんたの好きにして」と、折れてしまったのだ。

道雄さんは「じゃ、これにサインしてね」と、1枚の紙切れを差し出す。

その紙には「母が亡くなった場合は、相続を放棄する」と記載されていた。要するに弟が用意した誓約書だった。

「正直サインしながら絶望しました。とはいえ不思議と感情は表には出てこず、淡々とサインしていましたね……」

彼女は当時の心境をそう語ってくれた。

それから数年後、ついに母・江美子さんが亡くなった。

●本人の意思に反して署名・押印した「相続放棄の請求書」は本当に有効なのでしょうか。後編【「姉のものは何でも横取りする弟」が「は? 約束が違うじゃん!」と激怒…「相続放棄の誓約書」の効力を家庭裁判所で争った話】では、有効性が認められる遺言書の形式について解説します。

※プライバシー保護のため、事例内容に一部変更を加えています。