定時退社の同僚への疑問

それから真も1時間だけ残業をして会社を出た。すると背後から先輩社員の塚田に声をかけられた。

「お疲れさん。どうだ、仕事は慣れたか?」

塚田は真よりも10個ほど年齢が上で何かと気にかけてくれていた。

「はい、ちょっとずつですが、やれるようになってきました。分からないところがあったら隣の席の平嶋さんが教えてくれてるのでとても助かっていますよ」

そう言うと塚田は納得したようにうなずく。

「まああいつは仕事が早いし、本当にできるやつだからな。あいつに教えてもらっておけば、とりあえず問題はないと思うよ」

「ほんと早いですよね。いつも定時できっかり帰ってますもんね」

「そういえばそうだな。たしかに毎年この時期は早めに帰ってるな」

「え? 4月だけは残業しないってことですか?」

「そんなにはっきりと覚えてるわけじゃないが、なんとなくそんな気がするな」

塚田の記憶が頼りになるわけではないが、もしそれが事実なら変わってるなと真は思った。4月に何かあるのだろうか。

塚田と話をしていると斜め前に1台の車が止まった。黒いSUVで真は思わず目を奪われた。

「何だ? あの車がどうかしたのか?」

「あ、いや、あのルーフキャリアが目に入って。ちょっとキャンプが好きで、ああいうのを見ると、つい気になっちゃうんですよ」

そう言うと塚田は頬を緩めた。

「へえ、キャンプが好きなのか」

塚田は真の肩をぽんと叩く。

「そりゃ金も時間もかかる趣味だな」

転職を考えた理由はまさにお金だった。前の会社の給料では満足できず、今の会社へと転職をした。

趣味のキャンプのことを考えれば、ほしいものもやりたいことも山ほどある。そのためにはお金や時間がいくらあっても足りなかった。

塚田と別れて電車に乗った真は、くたびれた身体であくびをひとつ嚙みころし、週末のソロキャンプの予定を楽しみにまた明日も頑張ろうと思った。

●転職先での仕事に慣れ始めた真は、毎日1~2時間の残業を当たり前にこなしていた。そんな中、隣の席の同僚・平嶋だけはなぜか毎日定時で退社していく。先輩の塚田からも「あいつは4月だけ早く帰っている気がする」と聞き、真の疑問は深まるばかりだった…… 後編【定時退社の同僚は"ただの効率厨"ではなかった…残業をやめて初めて見えた景色】にて、詳細をお伝えします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。