「ゴミが散らばってるから、掃除しろ」

「誰かと思ったら、こないだの掃除の人じゃん」

そう話す声が聞こえ、有村秀和が顔をあげる。と、目の前にあのスーツの若い男性が立っていた。

出勤するところなのか、あの時と同じパリッとしたスーツを着ている。

「なんか最近、階段が汚いと思ってたんだよ。誰が掃除してるのかと思ってたんだけど、やっぱりあんただったのか。もっとちゃんと掃除してくれないと困るよ」

スーツの男は大げさにため息をついてみせると、ポケットから丸めたティッシュのようなものを取り出し、床にまき散らすと、次のように言ったのだった。

「ほら、掃除して」

「は?」

「は、じゃないだろ。ここにゴミが散らばってるから、掃除しろって言ってんの」

この一言で、さすがに有村秀和の堪忍袋の緒が切れた。

「ゴミって……、あなたがまき散らしたんじゃないですか」

「いいんだよ、俺は。お金を払ってるんだから」

「そういう問題じゃないでしょう……」

「いちいちうるさいな。話はまた後にしてよ。俺、忙しいから」

そう言ってスーツの男性は早足で階段を下りていった。

「嫌がらせを認めましたよ」

ただ、その出来事によって、スーツの若い男の正体が判明した。

3階の302号室に住む竹田亮という男だった。

秀和が、所属しているマンション管理会社に、嫌がらせの犯人が分かったことを伝えた。それから一週間ほど経ってから、管理人を束ねているマネージャーの村井拓郎から、一度出社するように指示された。

秀和がマンション管理会社のオフィスに出向くと、マネージャーの村井が出迎えた。

「有村さん、大変な目にあわれましたねえ」マネージャーは心から同情している様子だった。

「実は、あなたへの嫌がらせについて、警察にも相談しましてね。マンションのオーナーにも了解を取ったうえで、その竹田という人に直接抗議してきました。竹田は嫌がらせを認めましたよ」

秀和はようやく肩の荷が降りたような気がした。