嫌味の奥にある喪失

志乃は仏壇で手を合わせる時間がとても長い。義父が亡くなってから長くなったのだが、典文が亡くなってからさらに時間が追加されていた。

恵理が塞ぎこんだ一方で、志乃は義父の葬儀でも、典文の葬儀でも泣かなかった。淡々と自分の役割をこなし、参列者をもてなしていた。しかしそれは亡くした人を悼んでいないということではない。志乃は毎日2回、欠かさずに仏壇の前で長時間手を合わせ、時には人知れず涙を流している。

志乃の理不尽には腹も立つし、傷つけられることも多かったが、同じ喪失を抱えていることを思うと邪険にはできなかった。

戻ってきた志乃と2人きり、食事を始めると、志乃が言った。

「もうすぐ農事始めだから。ちゃんとその準備をしないといけないのは分かってるよね? あんたはいつも典文に言われないとやってこなかったんだ。今年からはもうその典文もいない。忘れてたなんて、そんなのは許さないよ」

「ええ、大丈夫ですよ。今年もちゃんとやりますから」

3月に入ると勝本家では米作りに向けた段取りが始まる。なかでも重要なのは、農事始め。米作りを始める前に親戚や近隣の農家の人たちを集めてお事汁や料理を振る舞う毎年の恒例行事だ。義父が亡くなり、典文も亡くなり、今の勝本家には親戚や近所の人たちの力を借りなければ満足な米を作ることはできない。だからこそ、今年の農事始めは特別に重要だと冬のあいだから志乃に何度も聞かされていた。

食事の片づけを終えた恵理は、離れの物置へ向かい、奥からお事汁を作るときに使う50Lの大鍋を引っ張り出して洗った。鍋を洗うのは力仕事で、去年までは典文がやってくれていた。恵理は力いっぱい、たわしで鍋をこすり汚れを落としながら、典文の不在を思いながら少し泣いた。