「そんなに嫌な人ではなかったですけどねえ」

それから3カ月ほどが経過した。佳子は美魔女のさらなる嫌がらせを恐れていたが、幸い、それ以上の被害はなかった。

万一のことを考え、佳子はタワマン付属のジムに行かないようにしていた。おかげで美魔女の姿を見かけることもなかった。

夫の慎一郎はそれとなくタワマン自治会に出入りして、美魔女の正体を調べてくれていた。

「36階の村西さん? ああ、あの派手なおばちゃんのことね。あの人は元ホステスで、いまは美容サロンとか、いろんな事業をやられているそうですよ」

慎一郎に向かってそんな風に教えてくれる人もいた。

「そんな嫌な人ではなかったですけどねえ。ホステスだけあって接客の基本が身についていて、上品な方っていう印象でしたけど」

「でもうちの妻と娘にはひどいことを言ったらしいんですよ」慎一郎は納得がいかなかった。

「そうなんですか。でもまあ、虫の居どころが悪いと、急にヒステリックになってしまう人って、男女問わずいますしねえ。そんな感じだったのかもしれませんよ」

「事業で大損して、お金に困ってたらしいよ」

それからというもの、特に何かしたわけでもないのに、村西佳世子の嫌がらせはぴたりとなくなった。

1か月ほど経って、慎一郎が自治会へ行くと、自治会長が理由を教えてくれたのだった。

「36階の村西さんね。なんでも引っ越したらしいですわ」

「え、そうだったんですか?」

慎一郎は驚いた。これで嫌がらせの心配はなくなったという気持ちと、理由まで調べないとまだ安心できないという気持ちがないまぜになっている。

「なんでも、村西さん、事業で大損して、お金に困ってたらしいよ。なんでもコロナの頃に美容サロンの経営が立ち行かなくなったとか。それでタワマンを売却して穴埋めしたって聞いたよ」

「なるほど。そんな事情があったんですね」

慎一郎はうなずいた。「美魔女」は高層階に住んでいることを自慢していた裏では、ずっとお金の心配をしていたのかもしれないと思った。

「あと、信頼していた部下に騙された、みたいなことも言っていたそうですよ」

「部下?」

「ええ。10歳くらい年下の女性のお弟子さんみたいな人がいて、その人が村西さんの事業を真似してサロンを開いたんだそうで。そしたらお弟子さんのほうが人気になっちゃって、お客さんを取られちゃったとか」

「その、10歳下の女性って……」

「そういえば、ちょうど、あなたの奥さんくらいの背格好だったらしいですよ。村西さんが自分で、『5階によく似た女性がいる』って、言ってたらしいんですよ」

「ええ?」