アートは消費の対象か?

――美術品に関する税制の現状と課題についてどう考えていますか。

永田町や霞が関の方々はどうやら、美術品の税制を見直すことが富裕層優遇であるとの批判を受けるのではと、議論に及び腰になっているようです。しかし冷静に考えれば、アート市場全体として取引全体が活性化すれば直接的、間接的に国の税収拡大につながるはずです。消費税について言えば、そもそも美術品は消費の対象ではないため、税率を引き下げるべきだと考えています。たとえば文化大国フランスの付加価値税(VAT、日本の消費税に相当)は20%ですが、美術作品については5.5%に設定されています。

日本の減価償却の制度に関しては、美術商の組合の働きかけによって100万円まで可能になりました。しかしこの水準では明らかに不十分であり、個人的にはせめて500万円までは認めるべきではないかと考えています。

最も重要なのは、美術品を相続税の対象から外すことです。韓国ではアジア通貨危機の際、国宝級の貴重な多くの美術品が海外へ流出した反省から、富裕層を対象として国内での一般公開など一定の条件で相続税を免除する政策措置を取った結果、今や日本よりも大きなアート市場が形成されています。かつてクールジャパンの掛け声が高まった際、制度改正について霞が関へ直談判に出向いたことがありました。しかし省庁の間をたらい回しにされてしまい、結局のところ日本の行政には美術品の売買を支援する窓口さえ存在しないという現実を目の当たりにしました。

――野呂さんは誰でも参加でき、銀座のギャラリー街をツアー形式でめぐる「画廊巡り」の運営を長年続けています。狙いを教えてください。

私がこの世界に初めて飛び込んだとき、画廊という場所に、どうしても敷居が高いイメージがつきまとっていることに違和感を持ちました(※注 野呂氏はIBMを退職後、柳画廊の好彦社長と結婚し、画商に転身)。アートの前では大企業の社長も、現場の社員も、同じ作品が好きという同じ地平に立って語り合うことができます。画廊とは、本当は、映画『釣りバカ日誌』に出てくるハマちゃんとスーさんのように、肩書きや地位、立場を超えたフラットな人間関係が生まれる場所であるべきだと思っています。

リーマンショック後、今まで画廊に来ることを躊躇していた層の方々に一歩踏み出すきっかけを提供しようと、「画廊巡り」の取り組みを始めました。最近は月1回程度、予約制で開催し、申込をいただければ年齢、職業に関係なく誰でも参加できて、銀座のさまざまな面白いギャラリーを探訪することができます。近隣の小学校の児童を招待する活動も、もう20年近く続けていて、卒業生が成長して大人になり、また若い世代を連れて画廊を再訪してくれるといった循環も生まれています。

日本の教育制度の中で、ともすると美術教育はそれほど大事でないものとして軽んじられている節があります。しかし私は全国の学校にいる担当の先生方に対し、今の時代にこそ最も重要な授業を受け持っているのだという誇りを持ってほしいと思っています。

生成AIやロボット技術の発達によって人生の「正解」が曖昧化する中で、人間に求められているのは、「答えのない問題を解く力」ではないでしょうか。「何を描くか」「目の前の作品から何を見出すか」とは、つまり「一生かけてどのような問題に立ち向かうか」を自分の力で見つけ出すことにつながります。アートの力がより多くの人に届く世の中になるよう、教育制度、税制の議論がいっそう前進することを願っています。