一見すると縁遠いようで切っても切れない関係にある、アートとお金――経済状況が変化する中、アート作品は鑑賞の対象としてだけでなく資産保全、投資の手段として、その立ち位置を変えてきているようです。今回は、日本IBMから画商に転身した異色の経歴を持ち、政官民に幅広いネットワークを有する"銀座画廊界のキーパーソン"の1人、「柳画廊」副社長・野呂洋子氏に、アート市場の動向や税制上の課題についての考えを聞きました。

リーマンショックで銀座の画廊界は一変

――経済状況の変動はアートの取引にどれくらい影響するものなのでしょうか。

たとえば2008年のリーマンショックは、銀座の画廊街にとっても強烈な出来事でした。美術作品の価格とは基本的にいわば株価と同様、人気によって上下するものであり、オークションの場では「その作品を欲しがっている人が何人いるか」によってその水準が大きく変わります。購入する富裕層の本業の業績が傾けば、美術品が取引される機会が減り、相場全体の下落につながります。リーマン後、既存顧客の売買の低迷によってアート市場全体が急激に冷え込む中、老舗ギャラリーも生き残りのため、新規のお客さまを積極的に呼び込む必要性が高まったのです。

そのころから、古い商慣習を見直し、画廊全体で新しい顧客層を育てることで、幅広いお客さんに来てもらいやすい、開かれた市場の形成を目指そうという機運が高まりました。全く別の業界からやって来た私も、よそ者だからこそできることは何かと試行錯誤を続ける中、不条理にぶち当たったこともありますが、「誰もが足を踏み入れやすいギャラリーを作る」という信念は今も変わっていません。

作品を守る企業、手放す企業

――最近では、国内の大企業が保有する著名画家の作品を売却し、オークションで高値をつけて話題を集めました。

一般論として、企業の株価が下がったところを狙ってアクティビストが大量に株を買い集め、「美術品という資産を赤字で運用しているのは資本効率が悪い」といった理由で、株主提案を通じて経営者に作品の売却を迫るケースは珍しくありません。作品とはその発展に生きた市場を必要としながら、不動産などと同列の資産として作品を転がそうという資本主義的な思惑に翻弄される存在でもあるのです。

企業にとって、保有作品を守る手立てが無いわけではありません。コレクションを公益財団法人に移し、財団を大株主とすることで、資本構造を変えて美術品を守るといった手法を取るケースもあります。公益財団の場合、「××主義」など特定の流派の作品群に限定した収集活動に制約があるため、あえて株式会社の形で運営している美術館もあります。