よく頑張った

監督の運転する車に乗って病院へ連れてきてもらった拓人は、受付で案内されるや走りたい気持ちを抑えながらあさひの元へ向かった。

診察室にいたあさひの顔色はいくらかよくなっていた。

「母ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫、ただの熱中症みたい。で、試合は?」

あさひの言葉に、拓人は口ごもる。けれど観念したように口の奥のほうで、受け止めたくない3文字をつぶやく。

「……負けた」

「そっか」

試合は拓人のタイムリーヒットで一時同点に追いついたものの、その裏の相手チームの攻撃で劇的なサヨナラホームランを打たれて負けていた。よく頑張ったと、監督も応援に来ていた親たちもみんなを称えてくれたけれど、勝つために頑張ってきたのだから、空虚な気分だった。

「えーでは、山田拓人選手、試合後のコメントをお願いします。土壇場で同点に追いつくタイムリー、見事でした」

「え?」

「え、じゃないよ。ほら、インタビュー」

「何で知ってるの?」

「何でってそりゃ田嶋くんのママがビデオ通話で見せてくれたからだよ。看護師さんに、どうしてもって頼んで見せてもらって、母ちゃん大変だったんだから」
大変だったのはこっちだと言いたかったけれど、拓人はどこからともなくあふれ出てくる涙と一緒に出てきたのは1番素直な感情だった。

「悔しかった。勝ちたかった」

「おうおう、大丈夫。ほら、野球でよく言うじゃん。負けたことがいつか財産にとかなんとか。あれ、これバスケだっけ?」

こっちの気も知らずにおどけるあさひに苛立っているのか、呆れているのか、悔しいのか、それとも嬉しいのか、拓人にはもうよく分からなかった。抱きしめようとしてくる母親の肩を小突いて遠ざけて、「知らないよ」と涙をぬぐった。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。