初ヒットなるか……!
「お願いしまーすっ!」
審判に一礼し、相手ピッチャーに向かって叫ぶ。ピッチャーは2人のランナーに視線を送り、左足を素早く上げて投球した。拓人は見逃す。しかし判定はストライク。相手ベンチが盛り上がっているのが背中越しにもよく分かった。
続く2球目を、拓人はフルスイングする。しかしバットはボールには当たらず、2ストライク。追い込まれてしまった。
拓人は1度、打席を外し、深呼吸をする。相手ピッチャーを静かに見据える。相手ピッチャーは顔つきも鋭いし、身体も大きい。きっと10打席戦って、1本でもヒットが打てればいいほうだろう。いや、もっとかもしれない。
相手ピッチャーが投げた3球目は、ホームベースから大きく外角に逸れる。拓人は振りかけたバットを堪える。キャッチャーは身体を張ってボールを止め、拓人は左手を挙げてランナー2人に待ての合図を送る。
これで1ボール2ストライク。追い込まれていることは変わらない。拓人は1度素振りを挟み、これまで幾度となくくり返してきた素振りを、夜遅くまで母ちゃんに付き合ってもらったバッティング練習を、思い出した。
「上から叩く。上から叩く……」
相手ピッチャーが4球目を投げる。相変わらず、7回まで投げてきたとは思えない鋭いボールだ。けれど打つイメージだけは試合が始まってからずっと作ってきた。拓人はそのイメージ通りにバットを振り抜いた。
甲高い打撃音――。拓人はバットを放り出し、1塁に向かって走り出す。どっと歓声が湧くけれど、それが自分たちのチームのものなのか、相手チームの勝利の雄叫びなのかは分からない。1塁ベースの向こう側でグラウンドに転がっている相手のファーストが目に入った瞬間に、全てを理解した。
「拓人! ふたつ! ふたつ!」
チームメイトの声に押されて、拓人は1塁を蹴る。足がもつれそうになりながらも全力疾走し、セカンドベースへ滑り込む。
1塁線を破る、値千金の同点タイムリー。
それが拓人の小学生最初の打席で、最後の打席だった。