次、代打いくぞ

母ちゃんは大丈夫だろうか――。一瞬でも立ち止まれば湧いてくる不安を振り払うように、拓人はベンチの横で一心に素振りを続けた。

試合はすでに再開し、3対1のスコアは変わらないまま、最終回である7回に入っていた。

この回、追いつくことができなければ敗退が決まる。そんな土壇場で、チームは底力を見せ、これまでなかなか攻略できなかった相手ピッチャーを1アウトながらランナー2、3塁と追いつめている。相手ベンチはグラウンドに立つナインに向けて声を張り上げ、拓人のチームも負けじとバッターに声援を送る。

「拓人」

この回から素振りを止め、チームのみんなと一緒に声援を送っていた拓人は監督に呼ばれて振り返る。監督はいつになく真剣な表情で拓人のことを見下ろしていた。

「次、代打いくぞ」

「え」

「ずっと準備してただろう。大丈夫だ。思い切り振ってこい」

拓人はヘルメットをかぶり、ネクストバッターズサークルに立つ。ピッチャーの投球に合わせて素振りをする。打席では、前のバッターが決死の気迫で粘りを見せていた。

しかし、相手ピッチャーが投じた鋭い速球に、どこか間の抜けた甲高い打球音が響く。力なく浮き上がったボールは本来打ちたい方向とは真逆に上がり、審判の後ろ、フェンスぎりぎりの地面にスライディングした相手キャッチャーのミットのなかにすっぽりと収まった。

これで2アウト。相手ベンチは好プレーに盛り上がり、「あと1人!」と手拍子が鳴る。拓人はバットを握りしめ、深呼吸をしながら打席へと向かった。