病に倒れた父

母が死んで実家に全く帰らなくなってからも、実家で暮らしている3つ年下の妹とは用があればそれなりに連絡を取っていた。

妹は結婚するときも、夫を説得して実家から離れず、2世帯で暮らしている。10年前に父が脳溢血で倒れてからは、母と協力して父の介護をしていた。

『この間、また倒れてね、病院の先生にも覚悟しておいてくださいって言われたのよ。今は一応退院して家で過ごしてるけど、もう前みたいに元気じゃないし、会うなら早いほうがいいと思う』

母の葬儀のとき、妹からそんな話は聞いていた。きっとそう遠くない将来こうなるだろうということは想像していたが、いざ現実として突きつけられると胸がざわついた。

「……わかった。帰れるように時間を作るよ」

電話を切りながら、もう逃げられないと思った。だが今さら父に会ったところで、何を話せばいいのかもわからない。

そもそも家のあらゆることを妹に押しつけて逃げていた長男のことを、父は一体どう思っているのか見当すらつかない。

カーナビが次の角を右折するよう告げる。実家までの道のりは残り1時間を切っている。

実家の門をくぐると、庭の木々が少し荒れた様子で揺れていた。かつてはきれいに剪定されていた松の枝も、今では好き放題に伸びている。父の几帳面な性格を考えると、こうした変化が何よりも彼の衰えを物語っているようだった。

玄関の戸を開けると妹が出迎えてくれた。

「お兄ちゃん、おかえり」

「ああ……久しぶりだな。隆二くんはいないのか?」

「仕事よ。今日、水曜日だもの」

「そうか」

定年を迎えてからすっかり曜日感覚がなくなっていることを指摘され、孝道は苦笑いを浮かべながら玄関に上がる。家の中は静まり返っていて、見慣れているはずなのに、ところどころ時間の経過や妹夫婦の暮らしの息遣いが感じられ、孝道は知らない家に上がり込むような心もとなさを感じた。

手洗いうがいを済ませてコートを脱ぎ、ラジオの音が漏れる奥の部屋の襖を開けると、和室の真ん中に置かれた介護用ベッドに横たわる父がいた。

「孝道か……」

父のかすれた声が日当たりの悪い和室に広がって消える。

横たわる父は、かつての威厳をすっかり失い、痩せこけていた。食事が満足に喉を

通らず、食べる量がめっきり減ったと妹が何か月か前に電話で言っていたのを思い出す。