後悔はしない
開演のブザーがなり、会場の照明がふつと消えていく。千鶴はすいませんすいませんと頭を下げながら、チケットに書かれた番号の座席に腰を下ろす。
「ちょっと、パパ。早く、始まっちゃうから」
「そんなに焦らなくても大丈夫だろ。出番は6番目なんだろ?」
「そうだけど、パパが緊張でお腹壊したから遅れたんだからね?」
「仕方ないだろ。むしろお前が図太すぎるんだ」
憲武が隣に座る。小声で話していた千鶴たちだったが、周囲の視線をそれとなく感じて口をつぐむ。
優秀生徒による学内の演奏会。知佳は今、着実に自分の思い描いた道を歩いている。
だがこの先、知佳に何が待ち受けているのかは、親である千鶴たちにも分からない。それでも、今もまだ燃え続けているあの日の熱は知佳の胸に宿っている。その眩しさを信じていくと決めたことに、これまでもこれからもきっと後悔はしないだろう。
ゆっくりと、だが堂々と、幕が開く。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。