「毎年、決まった金額を引き出したい」に潜むリスク
まず1つ目のリスクを説明したいと思います。前提は現役時代から運用を続けていて退職時点で運用資産を保有していることです。その運用資産から「毎月10万円を引き出す」という行動は思わぬリスクを持っています。図表2の定額引き出しの表を見てください。
年数は「退職してからの15年間」だとします。65歳で退職すれば80歳までということになります。
当初の運用資産額を3000万円で考えます。そこから毎年、年の初めにその年の生活費として120万円を生活費口座に移して、残りを運用し続けることにします。残った資産の運用は収益率と書かれている数字で毎年運用できたとします。
ここでは、あえてAさんとBさんの2つのパターンを想定しています。
15年間の運用収益率は平均で3.0%(幾何平均で2.6%)と全く同じになるようにしてありますが、毎年の並び方は逆になるようにしてありますので、Aさんの1年目とBさんの15年目が一緒になります。ただ、それだけです。
そのため、一般的に考えると、AさんとBさんは同じ運用を行い、15年後の残高は同じになります。資産の引き出しを想定しない、すなわち「資産形成」を考えるときには、15年後の成果は同じになる計算です。
ところが資産の引き出しを想定する「資産活用」では、AさんとBさんの15年後の資産残高は同じにならないのです。Aさんの場合には15年後の資産残高は2639万円で、Bさんの場合には1576万円でした。これは収益率の平均ではなく、その並び方が影響しているからです。
毎年の収益率を見ていただくと、Bさんの方が15年間の前半の収益率が低いことがわかります。
7年目までの収益率を比較するとAさんはマイナスになったのが1回だけ、これに対してBさんは5回あります。
もちろん後半は逆にBさんの方がマイナスの回数が少なくなるわけですが、この前半の低調のなかで、資産の定額引き出しを行うと、思った以上に元本を棄損します。そのため後半にせっかく収益率が高めになっても、前半の元本の棄損が大きいために、十分な回復力が伴わなくなるのです。
思った以上に元本が毀損するリスク
こうした収益率の並び方が資産残高に影響するという考え方は、海外ではSequence of returns riskと呼ばれて、よく知られています。日本では、10年以上前にこの言葉を「収益率配列のリスク」として、私が紹介していますが、なかなか認知されていません。
これは資産運用そのもののリスクではありませんが、お金と向き合う個人としてはとても放っておけないリスクです。資産運用では、長期投資をすれば収益率が収れんして平均に近づくことが知られていますが、資産活用ではたとえ収益率が同じでもその並び方によって、そこには別のリスクが潜んでいるのです。これは資産運用だけを知っていてもわからないリスクだと思います。
しかも「80歳になったときにある程度まとまった資産を残して資産運用からも撤退しようかな」と考えている場合には、これはかなり大きな課題を残すことになります。