アメリカが「円高ドル安」を選択した理由

太郎:アメリカにとっては、自分の国のお金を安くするってことだよね。なんでそんなことしたの?

――それは、アメリカの貿易赤字が大きくなっていたから。その大きな要因が、「ドルが他国の通貨に対して高すぎる」ということだった。通貨が安い国であれば、人件費を低く抑えられるから、製品を安く作ることができ、輸出で儲けやすい。

他方、通貨が高い国は人件費が高くなってしまうから、どうしても製品の値段を高くせざるを得ない。そうすると価格競争で通貨の安い国に負ける。ただ、通貨の安い国の製品を買いやすいので輸入は多くなる。

太郎:なら、通貨の高い国は輸出より輸入の方が多くなるね。

――当時のアメリカはそんな状態だった。輸出より輸入が多いから、支払うお金の方が多くなる。放っておいたらどんどんお金が外に出てしまう。それでは困るということで、プラザ合意によってドルの価値を下げようとしたんだ。

太郎:でもそうなると、輸出で儲けていた国は大ピンチにならない?

例えば、1ドル200円のときは、何か作ってそれを1ドルでアメリカで売り、円に換えれば200円手に入る。だけど、1ドル100円になったら、同じ1ドルで売っても100円にしかならないから、売り上げが半分になっちゃうよ。

――そのとおりだ。そこで、公定歩合の引き下げが出てくる。円高によってものすごい不景気になることを恐れた日銀は、公定歩合を引き下げ、お金を借りやすい状況をつくることで乗り切ろうと考えた。当時の公定歩合の推移を見てみよう。

(図1-5)バブル期の公定歩合は

太郎:1986年に2%下げて、1987年にさらに0.5%下げて、一番低いときは2.5%になったのね。一番低い状態が2年2カ月ぐらい続き、1989年からまた公定歩合を上げ始めたと。