しかし、お金の問題は、あらかじめ予測できることと、予測できないことがある。生活費に必要な金額は、計算をすればおおよその概算金額を出すことができるが、問題は想定外の出費である。ダイヤ高齢社会研究財団※4の調査によれば、親のいる50代の男性のうち、「現在介護をしている」「将来可能性がある」と回答した人が約半数にのぼる。しかも介護費用の負担においては、約4割の男性が「親の年金や資産で不足する分」を支出せざるをえないと考えている。介護を行った期間(現在介護を行っている人は、介護を始めてからの経過期間)は平均54.5カ月(4年7カ月)、介護に要した費用(公的介護保険サービスの自己負担費用を含む)は、月々平均7.8万円というデータもある※5。もし、分担して負担をしてもらえる親族がいなければ、月々約8万円の費用がかかり、約5年続けば500万円近くにもなる。自身の長生きのリスクだけではなく、親の長生きのリスクもともに背負う必要があるのだ。

定年や役職定年の後、自身のキャリアをどのようにしていくかということ以上に、家族の事情も中高年男性の生活に大きな影響を与える。実際、少しでも親を介護するための負担を減らすために、地方に住む親を自分が住む都市部の住まいに呼び寄せているケースも増えている。総務省※6によれば、東京圏の転入超過数(年齢5歳階級別)、転入超過数は20~24歳が最も多く(7万3166人)、次いで15~19歳(2万186人)、25~29歳(1万9417人)と、若い世代が多い。0~4歳および55~79歳6区分は転出超過となっている。しかし、注目すべきは80歳以上の高齢者の転入超過数であり、2010年以降は連続で転入超過状態なのである。一見、移動が困難にみえる高齢者の転入が増えている背景には、東京圏に住む中高年の子世代が地方部に住む高齢な親を呼び寄せていると想像できる。

最近では、介護と仕事の両立をしやすい環境づくりに取り組んでいる職場も増えているが、親等の介護によって離職をしてしまうことになれば、想定していた年金や退職金も目減りしてしまう。親を近くに呼び寄せれば、仕事は辞める必要がなくなるかもしれないが、月々8万円の負担が増えるかもしれない。少しでも経済的負担を減らそうと自宅で介護を行った結果、舅姑の世話に疲れ果てた妻から「介護離婚」を切り出されるリスクもある。多くの中高年男性にとっては、家族が皆元気で介護状態に直面することなく、子どもも経済的に自立し、自身も仕事が続けられることが理想だと考える。長生きができるのは一見幸せではあるものの、その分、親や自分自身、妻、子どもといった家族全員の長生きのリスクにも向き合うことだともいえる。

●次回は中高年男性にとって壁の1つ!? 「役職定年」に潜む問題点に迫ります。第2回へ続く>> 

※1 https://www.jili.or.jp/lifeplan/lifesecurity/1141.html
※2 金融庁金融審議会市場ワーキング・グループ報告書 「高齢社会における資産形成・管理」(令和元年6月3日)
※3 日本総合研究所では、民間企業かつ東京都内のオフィスに勤務し、東京圏に所在する4年制の大学あるいは大学院を卒業した中高年男性45~64歳に焦点を当て、2019年に意識と生活実態に関するアンケート調査を実施した(以下、「日本総合研究所の調査」)。GMOリサーチの調査パネル2000人から回答を受領し、レポート集計対象は、出身大学の回答があった1794人(内訳:45~49歳(432人)、50~54歳(447人)、55~59歳(454人)、60~64歳(461人))である。
※4 ダイヤ高齢社会研究財団「50代・60代・60代・70代の老後資金等に関する調査報告書」(2019年7月)
※5 https://www.jili.or.jp/lifeplan/lifesecurity/1116.html
※6 住民基本台帳人口移動報告

 

『中高年男性の働き方の未来』

 

小島明子著
発行所:きんざい
定価:1,980円(税込)