貯めること以上に、取り崩すことは難しい! その理屈は…
シンプルな貯める期間に比べ、取り崩しながら使う期間はずっと複雑さが増します。
まず大きな違いは、貯める期間では元本がどんどん増えていくのに対し、使う期間では元本がどんどん減っていくということです。当たり前のことですが、でもこれが二つのフェーズを分ける大きな違いなのです。
貯める期間は上り坂で、元本も積み立てによって増え、それを元に投資して得られる利回りも増えていきます。利回りは元本に加えられ、翌年以降は大きくなった元本にさらに利回りがのっていきますから、複利で雪だるま式に投資ポートフォリオが大きくなっていくということになります。たとえものすごく儲かるファンドに投資していなくても、健全なアセットアロケーションを実現し、手数料が低いファンドにコンスタントに貯め続けていれば、長期的には投資ポートフォリオは複利パワーによって伸びていくはずです。
ところが、取り崩しながら使う期間は、その反対が起こります。年々の利回りだけで生活していけるのならよいのですが、一般的にはそうもいきませんから、利回りに加え一部元金を引き出すことになります。また、もしも利回りだけで生活できたとしても、そうするのがよいとも限りません。元金に全く手を付けないでお子さんに全額残したいという、はっきりとした願望がある場合を除き、元本にも手をつけながらより豊かな老後生活を送るというのが本来あるべき姿です。
そうなると、貯める期間の反対で、だんだん残高が減っていくことになります。減っていくフェーズも、先に書いたように複利で働きます。ただ逆パターンで働くのです。元本が減れば、それに対する利回りの絶対額も減ります。減った利回りの額だけではどんどん足りなくなり、よりたくさんの元本を使うことになり、そうなるとまた将来の利回りの額が減るということになります。
使うことで元本が減るだけでなく、株式市場が下向きの年は、使わなくても投資ポートフォリオが小さくなります。小さくなった元本を使うということは、値下がりした投資ファンドを売るということで、つまり「安い時に売る」という一番よくないパターンをしていることになり、値下がりで元本減しているところに、さらに元本を引き出ししてまた元本減というダブルパンチになるわけです。
貯める期間には、市場がいい時も悪い時にもあまり気にせず、ただコンスタントに積み立てるだけでよかったものが、使う期間では市場の動向しだいで、リタイヤメント資金が長続きするか枯渇するかの分かれ道にもなります。
ドルコスト平均法という言葉をお聞きになったことがあるでしょう。これは貯める期間において使われるテクニックで、毎月コンスタントに定額を積み立てるというやり方のことです。毎月一定額、たとえば$300をコンスタントに積み立てるという設定にしていると、市場低迷期には$300÷低い株価=より多い口数(株数)となり、安い時こそたくさん投資するという効果が自然と得られます。反対に、市場高揚期には、$300÷高い株価=より少ない口数となり、高い時には少しだけ投資するという効果が自然に得られます。自分で市場の状況を見てあれこれ判断する必要がなく、またタイミングを逸することもなく、なるべく安く買うことが自然と行われます。貯める期間にあっては、非常にシンプルで効果の大きい方法です。
一方、使う期間では、これが逆に作用します。毎月$3,000を老後資金の投資ポートフォリオからコンスタントに引き出すとしましょう。市場高揚期には、$3,000÷高い株価=より少ない口数となり、高い時には少しだけの投資を売り換金して生活費に充てることになります。本当なら、高い時にもうちょっと売っておいて、後の生活費として確保しておくのがいいかもしれませんが、月々定額コンスタントに引き出すならその効果は生まれません。
反対に、市場低迷期には$3,000÷低い株価=より多い口数となり、株安の時に売り換金してしまう(安くたくさん売る)ので、その後の投資元本を大きく減らしてしまうという好ましくない効果が生まれてしまいます。なので、貯めてきたのと同じ考え方で、コンスタントに元本を引き出し使っていくというやり方は、往々にして危険なものになりがちです。
この問題は大きな問題です。蓄積フェーズは残高が大きくなっていく安心があるのに対し、使用フェーズではだんだん少なくなっていくという不安……。「もし資金がなくなってしまったらどうしよう」という心配と闘いながら、でも元気なうちに旅行もしたいし、子どもや孫にもよくしてやりたい――こういう葛藤を抱えながらの生活になります。
自分がいつ死ぬかは誰にもわかりませんが、あと何年資金を持たせなければならないかに常に目を配り、なるべく減らさずに、でも今、必要十分な生活費を引き出す……これはなかなか難しいことです。