生きている時間が限られているのであれば、なおさら社会貢献がしたい
——2009年に乳がんの告知を受けた際は、どのような心境でしたか。
乳がんと告知されたのは40歳のときです。結婚して活動拠点を関西から関東に移し、子どもも生まれて、家事や育児と仕事の両立で、毎日四苦八苦していた頃です。当初の診断結果はステージⅡb期。5年後の生存率は5割と言われました。
まず考えたのはまだ幼い子どものこと。そして、生きている時間が限られているのであれば、なおさら社会のために活動したいと思ったんです。もちろん、突然がんと言われ「どうして私がこんな目に?」という怒りややりきれない気持ちも強かったです。
とにかく、「ただでは転ばない、この経験をFPとしての活動に活かしてみせる」と決意しました。
——まず何から取り組まれたのですか?
最初に、自分の体験を基にした『がんとお金の本』を書こうと考えました。
当時はがんとお金に関する情報は全然なくて、自分の病気について調べているときも「がんはこんなにお金がかかるのに、どうしてこんなに情報が少ないんだろう」と感じていたんです。ネット上で検索しても、がんの治療法の説明の後に少しだけ高額療養費や医療費控除の説明がある程度。でも、私のように情報を必要としている人はいるはず。その人たちのために、私がFPとして情報を発信していかなくてはならないと強く思いました。
この本の出版が活動の転機でしたね。
——黒田さんが活動のメインに据えている「メディカルファイナンス」について教えてください。
例えば、三大疾病といわれる「がん」「脳血管疾患」「心疾患」は、医療の進歩によって、死亡率は改善しています。しかし、死ななくなった代わりに、再発・転移や重症化のリスク、仕事と治療の両立、治療期間の長期化、医療費の高額化など、社会経済的な問題が顕著になっています。そこで、医療に関する資金計画を立案・提案していきましょうという、私の造語です。先ほどお話しした通り、私が乳がんと診断された当時、医療についてお金の面から説明やサポートをしている媒体や人物は多くありませんでした。
しかし、お金がなければ治療はできませんし、不安を抱えたままでは治療に集中することも難しいと思います。
お金の問題って細分化が難しく、家計全体で見る必要があると思うんです。治療費で貯金を使い果たして、住宅ローンや毎日の出費を見直す必要が出てくるかもしれません。また、治療を通じて現在加入している民間保険に過不足を感じることもあるでしょう。
医療機関によっては患者さんやその家族を社会福祉の立場から援助する、医療ソーシャルワーカーが在籍していますが、彼らの得意分野は公的支援制度の活用や退院後の支援です。
人生を横断するお金の相談はやはりFPの仕事。医療とお金の悩みを抱えている人にこそ、私たちのような専門家に頼ってほしいと思っています。メディカルファイナンスは私のテーマなんです。
——今後、「メディカルファイナンス」はどのように変わっていくと思いますか?
最近は、シングルマザー・ファザーなどひとり親世帯、非正規雇用、高齢単身者など家庭やライフスタイルが多様化してきており、問題やお悩みも複雑化、個別化しています。すると、病院のなかだけ、あるいは1人の専門家だけでは解決できないようなお金の問題が増えています。
だからこそ、私たちFPを始め、医療ソーシャルワーカーや各種士業、カウンセラーなどが一緒になって総合的に支援していく必要があります。そういった体制は、ようやく整いつつある印象です。私のように医療機関でのFP相談を定期的に行うFPはまだまだ少ないですが、今後増えていってほしいと思います。
聖路加国際病院での「おさいふリング」や「就労Ring」、「がんと暮らしを考える会」など“(通常の相談業務を行っている)オフィス外”での活動を積極的に行っているのも、頼れる生活の専門家たちが病院にいつでもいるような社会作りの一環なんです。