今回はトランプ就任後の市場の混乱について、マン・グループの見方をご紹介します。また、こうした環境下での代表的なヘッジファンド戦略の状況について、2月のパフォーマンスに焦点を当てて解説します。
主要点:
――当月は、インフレの高止まりや脆弱な消費者心理などといったマクロ経済指標の悪化や、地政学的な問題の浮上が株式市場の重石となりました。
――今後数ヵ月間はインフレの先行きや米国の消費の減速などのマクロ経済指標が市場見通しを左右すると思われます。
――われわれは市場が転換点にあると見ています。株式市場が再び史上最高値を目指し上昇するような場合には、株式に投資機会を求める押し目買いの動きが、脆弱なファンダメンタルズに対する懸念を凌駕した結果であると考えられます。
中国の呪いの言葉(実際には西洋で作られた言い伝え)に「あなたが興味深い時代に生きますように」というものがありますが(一見すると祝福のようであるが、興味深い時代とは、戦争や混乱、不安定な社会情勢など、波乱に満ちた困難な時代を指すため、実際には皮肉や呪いの意味を含んでいるとされている)、われわれは今まさにそのような「興味深い時代」に生きていると思われます。米国の第二期トランプ政権の最初の1カ月間は、ホワイトハウスでの一連の異様な会談で幕を閉じました。2月27日に行われた英国のスターマー首相との会談は比較的融和的なものであったものの、その翌日に行われたウクライナのゼレンスキー大統領との会談は混沌としたものなりました。
トランプ政権の動きを理解しようとすることは、ナラティブが急激に変化している状況を考えると無駄な作業のように思えますが、冷静さを保つためには楽観的であろうと努める必要があります。
楽観的な見方をするならば、トランプ大統領は、世界に対して「NATO全体、特に欧州は米国の軍事的支援に過度に依存してきており、そのような状態を終わらせる必要がある」という現実を率直に指摘しているだけだ、と捉えることができます。
これに対して、欧州諸国は防衛費の増額を発表し、ロシアの侵略に対抗するために、米国の支援なしでも協働する計画への取り組みを明らかにしました。
しかしながら、パングロシアン(Panglossian。極端に楽観的で、現実の問題や困難を軽視するような態度や考え方を指す。フランスの哲学者ヴォルテールの風刺小説『カンディード(Candide)』に登場するPangloss(パングロス博士)に由来する)的な考え方は、いざ世界的な紛争が起こったら、米国は長年の同盟国や他の民主主義国家と共に行動するだろうというものです。このような考え方は、現在の一連の出来事は、これまで非公開だった同盟国間の不満が公になっただけであり、それ以上の深刻な問題に発展する可能性は低いとの期待に基づいています。少なくとも、足元のグローバル金融市場は、長年続いてきた政治的同盟の秩序が変わることに対する深刻な懸念を反映してはいません。
株式市場は急落
政治以外については、マーケットはファンダメンタルズ悪化の影響を受ける展開となりました。2月19日頃から株式市場は下落したものの、これは3つの悪材料によるものでした。第一に、英国のCPI(消費者物価指数)が前年比+3.0%上昇と、アナリスト予想(+2.8%)を0.2%上回りました。第二に、米Walmartが、個人消費低迷を理由に業績悪化見通しを発表しました。最後に、米連邦準備制度理事会(FRB)の議事録が公開され、インフレ圧力の増加と、追加利下げに慎重な姿勢が明らかになりました。その2日後に発表されたミシガン大学消費者態度指数は事前予想を大きく下回る、約1年ぶりの低い水準となりました。これらを総合すると、インフレが高止まりしている中で、消費者の購買力が急速に低下しているという状況が浮き彫りになりました。
株式市場は敏感に反応し、2月21日にS&P 500指数は年初来最安値を記録しました。その後は、ドイツの選挙に関する比較的良好なニュース(投票数は世論調査通り、極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の予想外の躍進なし)にもかかわらず、月末最終週にかけても米国株の売りが続きました。しかしながら、インフレ高止まりに関する懸念は特に目新しいものではなく、過去3カ月の株価下落局面では需給要因から株式はすぐに買い戻されてきました。そのため今回もまた、月末最終取引日の最後の数時間にS&P 500指数は一定程度反発し、ホワイトハウスで同時進行していた地政学的混乱とは対照的な動きとなりました。
われわれは再び転換点に立っていると思われます。今後数カ月間に株式市場が再び史上最高値を目指し上昇する場合には、株式に投資機会を求める押し目買いの動きが、脆弱なファンダメンタルズに対する懸念を凌駕した結果であると考えられます(実際、押し目買いそのものが株式市場を押し上げる原動力となるという見方が実現することがあります)。しかしながら足元の株式市場ではここ数カ月よりも脆弱性が感じられる状況にあります。地政学的な問題の浮上、貿易摩擦やインフレ懸念、脆弱な企業業績が続けば、米国株式市場はさらに下落する可能性があります。
2025年2月のヘッジファンド戦略のパフォーマンスの損益要因
(速報ベース)
株式ロング・ショート:
――当月は米国株式市場は全般的に低調だったものの、その他の主要株式市場は、割高なハイテク株へのエクスポージャーが限定的であったことから好調に推移しました。
――決算発表シーズンが継続する中、月末にかけてはNvidiaの決算に注目が集まりました。米国のテクノロジー、メディア、通信(TMT)セクターでは、ヘッジファンドだけでなく個人投資家においてもリスク回避姿勢が顕著となり、このことが米国株の下落とモメンタム株のポジション解消を引き起こしました。一方で、欧州のモメンタム株は年初からの好調を維持しました。
――株式ロング・ショート・マネジャーのパフォーマンスは月の中旬までは好調であったものの、後半にかけては米国株およびグローバル株マネジャーの一部は低調となりました。前述の通り、TMT、消費関連、ヘルスケア・セクターに特化していたマネジャーで最も不振となりました。
――アジア株に対するポジティブなセンチメントが継続する中、多くのマネジャーは米国株からアジア株にエクスポージャーをシフトすることで収益獲得を目指しています。
クレジット
――当月のクレジット市場は、世界経済の成長懸念によりボラティリティが上昇し、ややリスク回避型の環境となりました。米国債価格が上昇し、株式市場が下落する中、クレジット・スプレッドはわずかに拡大しました。国債価格の上昇を受けて投資適格債がアウトパフォームしました。
――社債を投資対象とするクレジット・マネジャーは全般的にプラス・リターンとなりました。中国関連の米国預託証券(ADR)やハイテクやヘルスケア銘柄などの転換社債へのエクスポージャーを持つマネジャーが、銘柄固有の要因(株式交換や新規発行)による恩恵を受けて好調となりました。
――クレジット市場では指数のボラティリティが上昇し、マクロ経済関連のノイズの影響を受けたものの、ハイイールド債ロング・ショート取引や資本裁定取引はプラス寄与となりました。
――ストラクチャード・クレジット・マネジャーもプラス・リターンとなり、引き続き一部セクターでの堅調なキャリーとスプレッドが若干縮小した恩恵を受けました。
イベント裁定
――イベント裁定戦略は、特にアジアのスペシャル・シチュエーション取引を中心に好調となりました。企業のM&A(合併買収活動)は1月と同様に安定していたものの、目立った動きはありませんでした。
――ヘッジファンド業界で注目された発表済みの案件としては、以下が挙げられます:イタリアのBPER BancaによるBanca Popolare di Sondrioに対する45億ドルでの買収提案(イタリアの銀行セクターにおける最新の取引)、ProsusによるJust Eat Takeawayの約41億ユーロでの買収、三井物産によるリオ・ティントの鉄鉱石プロジェクト(Rhodes Ridge)の40%持分取得(53.4億ドル)。
――日本では、セブン&アイがカナダのAlimentation Couche-Tardによる470億ドルの敵対的買収提案を阻止するための580億ドルのマネジメント・バイアウト(MBO)に必要な資金調達を確保できなかったことから、敵対的買収提案が実現する可能性が高まりました。
――一部の事業再生案件は引き続きポジティブな評価を受けており、AtalianやAtosがその好例です。他の案件としては、Idorsiaが債権者との事業再編計画に最終的に合意し、その計画には債券の満期延長と新規資金の提供が盛り込まれました。また、KTM(オートバイメーカー)は、債務20億ユーロのうち30%のみを債権者に返済する再編計画に合意し、6月に裁判所の承認が見込まれています。
グローバル・マクロ
――自己判断のグローバル・トレーディング・マネジャーは概ね好調となりました。いわゆる「トランプトレード」は1月の大統領就任以来苦戦しているものの、マネジャーたちはボラティリティ上昇の恩恵を受けており、変化するニュースフローに振り回されないよう慎重にトレードを行っています。
――一部のマネジャーは日本のマクロ関連テーマから収益を獲得し、特に円のロング・バイアス・ポジションが好調となりました。これは月の後半にかけて金利差の縮小とリスク回避姿勢の後退により円が上昇したためです。
――新興国関連ポジションも引き続き収益に貢献しました。ウクライナの社債および中東欧(CEE)の通貨のロング・ポジションは、ロシア・ウクライナ紛争の停戦への期待が高まる中で好調となったものの、月末にはノイズの影響を受けました。一方で、ベネズエラやレバノンの不良債券はプラス寄与となったものの、多くのマネジャーが保有していたトルコやアルゼンチン関連ポジションはマイナス寄与となりました。
――米国の債券関連ポジションは不振となりました。特にユーロの債券に対するポジションや、米国債のショート・ポジションから損失が発生しました。短期ゾーンでのイールドカーブのスティープ化を狙った取引がマイナス寄与となった一方で、長期ゾーン(例:10年-30年)はプラス寄与となりました。その他では、米国のスワップ・スプレッドが縮小したことで、債券レラティブバリュー取引や市場の方向性からの収益獲得を目指すマクロ取引が収益に貢献しました。
今後の見通し
マーケットの短期的な焦点は、引き続きウクライナ紛争を巡る和平交渉となっています。欧州の指導者たちはウクライナのゼレンスキー大統領に対する支持で結束しており、足元の地政学的リスクは、和平案を支持するようトランプ大統領を説得できるかどうかにかかっています。
政治以外では、米国の消費の弱さや世界的なインフレの高止まりが懸念されている中で、今後数カ月はファンダメンタル経済指標がますます重要になると思われます。

