投信販売に徹底した顧客本位の姿勢が求められる中、現場からは戸惑いや不安の声
も聞かれます。若手、ベテランを問わず真のフィデューシャリー・デューティーを実現するにはどうすればいいでしょうか。これまで2000人以上のお客さまに「あなたのための」資産アドバイスを行ってきた株式会社フィデューシャリー・パートナーズの森脇ゆきさんが、皆さんのお悩みに答える連載、第4回目です。
Q:職員「支店長! お客さま本位と言いますが、収益も上げる必要がありますよね。どちらを優先すべきですか?」
部下からのこのような質問に、あなたならどう答えますか。
A: 支店長「お客さまのご意向をよく聞いて、お客さま本位で活動してください。そして今月分の目標をしっかり達成してください」
森脇's Answer:
「顧客本位と収益は対立する」という考えは捨てよう
現場職員を激励するのにありがちなせりふです。どちらを優先すべきかとの問いに両方を並置して答えていますが、この支店長がどちらに重点を置いているかは明らかです。収益を上げることを優先すべきというのが本音であり、顧客本位は建前にすぎません。人事評価に関わる以上は収益を上げることは絶対の課題であり、一方で金融庁や本部からの指摘や減点の可能性を考えれば、顧客本位を軽視するかのような発言はできない……だからこのようなどっちつかずの回答になってしまうのです。そして、それを現場職員に忖度するように仕向けています。勘の良い職員はその意図を察し、顧客本位のアリバイを確保しながら営業成績を上げることに邁進するでしょうが、それでは職員の悩みに向き合っているとは言い難く、問題の多い回答であると言わざるを得ません。
そもそもこのような質問をする職員は、顧客本位について次のように考えているのでしょう。すなわち、顧客本位と収益は相反する関係にあり、顧客本位で活動していては収益など上がらない、と。そして、支店長も同様の認識をしているからこそ、前述のような回答が出てくるわけです。
しかし、実際には違います。顧客本位は収益と対立するものではありませんし、それどころか顧客本位だからこそ収益は上がっていくものなのです。金融機関の皆さんは、日頃からお客さまの企業が良いサービスや商品を提供して収益を上げているのを見てきているはずです。金融機関の取り扱う商品やサービスでも同じことが言えます。確実に収益を上げていくための答えはシンプルです。お客さまの困り事やニーズを都度把握し、それに合う金融商品があれば提供していくという営みを継続していくのです。人は生まれてから亡くなるまで、人生のさまざまな場面でお金が介在します。お客さまの人生に関わり続ける金融機関は、お客さまがいる限り価値を提供する機会があり、収益も恒久的に上がり続けるのです。
では、収益が上がるタイミング、すなわちお客さまの人生における金融の出番はいつ来るのでしょうか。それを知るために必要なものが「顧客情報」です。顧客情報といっても、ヒアリングシート等に記入いただければよいというわけではありません。ただシートに記入するだけでは十分な情報量にはなりませんし、だいたい本当の情報が得られるとは限りません。重要なのは情報の精度なのです。
精度の高い顧客情報こそが収益の根源となります。では精度の高い情報はどのようにしたら取得できるのでしょうか。それはお客さまが積極的に自己開示をすることです。お客さまの積極的な自己開示を促すにはどうすればよいでしょうか。それはまさにこちらの姿勢が顧客本位であればいいのです。
読者の皆さん自身が積極的に自己開示をする例として、医療機関にかかるときのことを考えてください。その際、問診票にはしっかりと正直に症状などを記入し、ヒアリングには丁寧に答えるはずです。それは、医師をプロフェッショナルとして信頼し、自分に対して適切な処置や治療をしてくれるよう期待するからこそです。
商品を売りたいがためにお願いセールスをしたり、巧みな営業トークで強引に契約を取り付けたりしていると、短期的には収益が上がっても、信頼を損なったお客さまはやがては離れていきます。収益の種を根こそぎ取り尽くすような焦土営業では、将来の芽は出ず、早晩行き詰ります。しかし、信頼関係という土壌を耕すことから丹念に行えば、やがて種が芽吹き、季節の花や果実が順々に咲き実るように、お客さまのそれぞれの人生に寄り添う金融機関には価値を提供すべき機会が続々と訪れ、継続的な収益がもたらされるのです。
対面金融機関の有意性を最大限活用する
最後に、精度の高い顧客情報を基にして、いかに適切な提案をしていくかについて少し触れておきます。せっかく精度の高い情報を収集できたとしても、担当者の知識が乏しく、覚えたての商品を二つ三つ案内するにとどまるようでは、お客さまの自己開示も台無しです。プロとしては、お客さまの人生に寄り添いたいという気持ちのみならず、この人に相談したいと思われる豊富な知識の引き出しが必要です。
その点で対面の金融機関は非常に有利な点を持っています。担当者が一人で対処するのではなく、チームで力を合わせて取り組むことができるからです。若手職員が取得した情報を基に、このお客さまにはどのような商品ニーズがありそうかといったことを案件会議で議論してみてください。事例に即した先輩職員の知識や経験を聞くことで、多くの引き出しを持つことができるでしょう。また、知識がまだない新入職員でもお客さまの情報を引き出すことにたけた人材は、すぐに活躍できる場ができます。
金融機関は総合力でお客さまに寄り添うものだと私は考えています。支店長には、知識・情報共有などの環境を整え、顧客本位の貫徹が継続的な価値の創出、すなわち収益へとつながるような支店作りを期待します。