プライベートアセットに投資する際の留意点や心構えを中心に解説する本コーナー。前編と同様、立場の異なる3人の運用執行理事による座談会形式で、不動産投資について深掘りしていきます。(架空の人物です)
3人のプロフィール A氏:ヘッジ外債のマイナスに頭を悩ませており、PA投資をこれから手掛けようとしている年金基金の運用執行理事 B氏:PA投資を以前から手掛けており、ノウハウの蓄積もある程度進んだ年金基金の運用執行理事でPA投資に対しては積極的 C氏:B氏と同じ経験値ながらPA投資に対してはここのところやや慎重姿勢 |
日本の不動産投資、現状と懸念点
A氏:国内不動産については私募REITが安定したリターンを過去積み上げてきていますが死角はないのでしょうか?
C氏:私募REITは上場REITと違ってまだリーマンショックのような大きな市況下落の洗礼を受けていません。上場REITは流動性が高いゆえに新型コロナショックの時には価格が一時的に半値近くに値下がりし、NAV倍率も0.6くらいまで下落しました。一方で、私募REITは年に2回の決算期に鑑定評価を行って基準価格を決めるので普段値動きはないです。鑑定評価も収益還元法が主体なので賃料が大きく下がるか、キャップレート(リスクフリーレート+リスクプレミアム)が大きく変動しなければ、評価額も大きくは変動しない仕組みになっていますし、これまではあまり大きな変動はありませんでした。
一方で、国内私募REITも総合型では先ほどご説明したようにオフィスの比率が4割程度になっているので、新型コロナで影響を受けたオフィス市況の動向には注意が必要だと思います。都心5区の空室率も下げ止まったようですが、まだ6%近辺で推移していますし、平均的な賃料はゆっくりとですが下がり続けている状況です。
B氏:日本ではオフィス回帰の動きがかなり進んだようですし、2023年のオフィスビルの大量供給も何とか切り抜けたので、今後空室率が大きく上昇することはないように思えます。都心5区の空室率は三鬼商事が公表している11月末の数値で6.03%ですが、これは平均的な数値であって、大手の私募REITが保有している物件は好立地の優良物件が多いので空室率はそれよりもかなり低いです。特に「大丸有」の物件は希少価値もあり安心できますね。
A氏:大丸有?? 関西系のデパートと何か関係があるのですか?
C氏:大手町、丸の内、有楽町というプライム立地の略称です。不動産業界ではよく使われる略称ですが一般的な言葉ではないですよね。最近はこれに日本橋を含めて大丸有+日本橋が東京のプライム立地と言われているようです。
A氏:オフィス市況は少し慎重姿勢でというのはわかりましたが、物流施設はeコマースの拡大でこれから先も大丈夫なんじゃないですか?
B氏:そうですね、当基金では国内では総合型よりも物流施設特化型ファンドの購入をこの数年間は進めてきました。
C氏:物流施設はオフィスに比べると安定していると言えますが、上場REITでは最近NAV倍率の低下が目立ちます。物流施設主体型のファンドでもNAV倍率が1.0を割り込んでいるファンドが目立ちます。需要拡大は見込めるのですが新規供給も多いようです。湾岸エリアはともかく少し離れた埼玉県や神奈川県内陸部など新規の供給が増加している地域では賃料の上値が重たくなっているという話も聞くようになりました。
B氏:Cさんの話を聞くと慎重姿勢になってしまいそうですが、物流施設に関してはeコマースの拡大で需要は旺盛だし、ほとんどの物流施設は竣工前にテナントが決まるそうですよ。
C氏:eコマースの拡大は今後も続くでしょうが、好調な物流施設についても懸念すべき点はいくつか出てきています。新規供給量が高水準なこともあり、東京圏の物流施設の空室率※3は2021年1月の0.2%をボトムに徐々に増加傾向にあり、2023年10月末では6.4%に増加しています。賃料水準は募集賃料が4,500~4,600円/坪のレンジで一進一退のようですが、Bさんの話とはやや異なり賃貸マーケットでは募集中の物件が増えリーシングに時間を要するケースが増えてきているようです。
A氏:なるほど、絶好調の物流施設といえども注意すべき点はあるということですね。
C氏:私募REITも含め日本の不動産投資の足元での最大の懸念点は日銀金融政策正常化に伴う長期金利の上昇でしょう。2022年12月に日銀がイールドカーブ・コントロール(以下YCC)を微修正しましたが、上場REITはこれに大きく反応し株価が大きく下落しました。その後もYCC再修正がありましたが、2024年度におけるYCCそのものの撤廃やマイナス金利解除の観測もあり価格は軟調です。
2023年12月1日の東証REIT指数は1811.24で2022年12月YCC修正前の1950レベルからは大きく落ち込んだままです。投資家が円の長期金利上昇にかなりセンシティブになっているのが背景だと思います。
B氏:あとは海外勢の動向も気になります。2020年から2022年は海外ファンドがオフィスビルを中心に日本の不動産を買い越していましたが、2023年は海外勢が売り越しになる見通しのようです。※4 海外不動産不況の余波で含みのある日本の不動産を売却して益出しをしているようですが、この動きが加速すると実際の取引価格が下落し、Cap Rateの上昇につながるので要注意です。
※3 (株)一五不動産情報サービスが2023年11月30日に公表した:物流施設の賃貸マーケットに関する調査による。東京圏の定義は東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、茨城県
※4 2023年11月30日付 日本経済新聞:国内オフィス投資に変調 海外勢4年ぶりに売り越し
不動産デット投資
A氏:ところで米国の不動産投資もエクイティは足元価格の調整が続いているようでちょっと手が出せないですが、不動産デットファンドは堅調だと聞くのですがこちらはどうでしょう。
B氏:実物資産の投資はインフレヘッジ機能を考えると本来はエクイティ投資ですが、今の環境下で価格変動リスクが気になるのであればデット投資も悪くないと思います。不動産デット投資はオープンエンド型のファンドも数が増えていますし、ローンが変動金利主体なので欧米で政策金利が上昇している環境下では投資家にとって良い選択肢になると思います。
ドル円のヘッジコストは足元5.7%程度ですが、これはドル円の短期金利差5.4%にドル円を交換する際のコストとなる0.3%程度のベーシスコストを足したものになります。デットファンドが保有する融資が3か月物SOFR+4%であれば、為替ヘッジをかけても4%-0.3%=3.7%が日本の投資家に残ります(ファンド報酬は考慮せず) 。エクイティ投資のリターンがヘッジコストで大きく目減りしていることを考えると、悪くない選択肢だと思います。
C氏:オープンエンド型はキュー(queue=待ち時間)が長くなるファンドもあるようですが、キャピタルコールまでの期間が長いからと言って避けているとオープンエンド型のPAは投資できなくなりますしね。
A氏:不動産デット投資で気を付ける点は何かありますか?
B氏:デットなので安定的にインカムを確保できるようになっているかどうかを確認することが重要でしょうね。不動産デット投資はキャッシュフローを生み出している安定稼働中の商業用不動産(オフィス、商業施設等)へのローンに分散投資を行い、融資契約に基づく金利収入で安定的なインカムリターンを確保する仕組みです。融資先のセクター分散や地域分散はエクイティ投資と同じすが、目標リターンの低い日本の年金であればメザニンよりもシニアローン主体のファンドのほうがよいのではないでしょうか。また、不動産価格が下がっても個々の物件にはエクイティのクッションが3割前後入っているのでここでファーストロスを吸収する仕組みになっており、デット部分が棄損するリスクは相当程度抑制されています。
C氏:不動産のシニアローンは賃貸収入で安定したインカムが稼げている不動産が担保になっているので、企業向け融資のダイレクトレンディングと比べるとスプレッドはその分低めになっておりSOFR+3%台が多いのではないでしょうか。従って、為替ヘッジ後の円ベースで4~5%のリターンを生み出すためにはファンドレベルでのレバレッジ(外部借り入れ)が必要になってきます。ファンドレベルのレバレッジはリターンを上乗せするための重要な機能ではありますが、あまり水準が高くなりすぎるとリスクが大きくなるので適度な水準にしておく必要があります。期待するリターン水準が高くないのであればレバレッジを少し抑えたファンドがよいと思います。
C氏:一方で、変動金利の貸し付けの場合、金利上昇は投資家にはイールドの上昇をもたらしますが、借入人の金利負担が増加するので個々の不動産物件の金利負担能力(Interest Coverage Ratio)が十分にあるかどうかは、金利上昇局面ではよく見ておく必要があると思います。
最近、米国のオフィスビルに対するノンリコースローンでは、テナントの退去等によりキャッシュフローが回らなくなった借り手(物件オーナー)が元利金返済に窮し、ローンがデフォルトになるケースも散見されますので、この辺りはしっかり確認すべきですし、保守的なマネジャーを選択するのが良いと思います。また、米国では2023年3月の地銀破綻問題以降、銀行の貸し出し姿勢がタイトになっておりファンドで外部借り入れをする際の調達コストにも影響しているようです。
A氏:デット投資も留意すべき点はいくつかあるものの、価格変動リスクを回避し安定的なインカムを獲得するという点で、現環境下では選択肢の一つになるという点がよくわかりました。
不動産投資にベンチマークはあるのか
A氏:ところで不動産投資にはベンチマークのようなものがあるのでしょうか?
B氏:国内の私募REITであればARES(不動産証券化協会)が公表するAJFI(ARES Japan fund index)があり、コア及びコアプラスのオープンエンド型ファンドの時価加重平均収益率が算出されています。インカム収益率とキャピタル収益率を区分して表示していますが、私募REITだけでなく上場REITも対象になっています。なお、サブインデックスとして私募REITだけを対象にしたAJFI-OURsもあります。確定値がでるのは少々遅いですが全体の流れを掴むにはよい資料だと思います。
米国不動産だと先述のNFI-ODCEが有名です。これはNCREIF(米国不動産投資受託者協会)が私募でコア型のオープンエンドファンド25銘柄のリターンを四半期ごとに集計したもので、先ほども話に出ましたが2023年のトータルリターンは第1四半期(1~3月)が▲3.17%、第2四半期が▲2.68%、第3四半期が▲1.99%になっています。日本の私募REITと違って米国の私募REITはキャピタルリターン/ロスの部分が大きく変動するので、この指標は全体との比較という点では有益です。ちなみに各四半期ともにインカムリターンは1.0%前後で安定的に推移していますので、評価損の計上が一巡すれば安定したリターンが期待できるのではないかと思います。
C氏:AJFIもNFI-ODCEもマーケット全体の流れを掴むという点では有効性はあると思いますが、PAは伝統4資産と違って個別性が極めて強いので、TOPIXやNomura-BPIのような伝統4資産のベンチマークとはちょっと意味合いが違うという点は認識しておく必要があるでしょうね。伝統4資産のベンチマークと異なりPAではベンチマークと同じリターンを実現するポートフォリオを作ることが難しく再現性がないので、個別ファンドのリターンとNFI-ODCEを比較して5bpアウトパフォームしたといった比較はあまり意味がないと思います。
A氏:なるほど、あくまでも参考程度ということですね。
C氏:もちろん、参考情報としてはとても有効です。ただ保有しているファンドで大きな物件売却益などがあればベンチマークと比較する際にはそれを除いてということになるかと思います。
ESG投資の観点からの不動産投資
A氏:最近ESG投資が重視されていますが、不動産投資とESGの関係はどう考えたらよいでしょう。
C氏:大事なポイントですね。実物資産の不動産やインフラはGRESBというファンドレベルでのESGに関する共通尺度があり、5つ星評価でファンドのESG度合いが評価されています。日本でも2023年10月時点では上場REIT59社の内57社、私募REITも20社がGRESBの評価を取得※5 しているので、投資に当たってはファンドの星の数をチェックするのがよいでしょう。
GRESBによると、評価項目はサステイナビリティに関する社内体制や方針の制定状況、ESG情報の開示状況、個別物件レベルでのグリーンビル認証の取得実績、保有不動産を通した環境負荷削減への取り組みやテナントとの環境・社会配慮の協働、など多岐にわたるようです。
また、不動産の場合はファンドレベルだけでなく個別物件レベルでも先に述べたグリーンビル認証があり、環境への配慮という点に関してはわかりやすい資産クラスです。認証制度は米国ではLEED,日本ではCASBEEやDBJグリーンビル認証、BELSなどが有名です。
B氏:米国ではグリーンビル認証を取得した物件は賃料も高い、いわゆるグリーンプレミアムがあるというのはよく言われていますが、日本ではどうでしょうか?日本でも新築のSクラスやAクラスのオフィスビルではグリーンビル認証を取得するケースが増えていると聞きますが。
C氏:そうですね。日本では今のところグリーンビル認証を取得したビルが同じ立地、同じグレードのビルよりも賃料が割高、とまでは行ってないと思います。ただ、テナントになる大企業の一部ではTCFDのように気候変動に関連した情報開示も義務付けられてきており、環境負荷の小さいグリーンビルの選好度は以前よりも高くなっていますし、今後は多少賃料が高くてもグリーンビルに、という流れが強くなっていくのではないかと思います。グリーンビル認証も取得するにはそれなりのコストがかかるのでオーナーとしてもしっかりとした環境方針がないと対応できないと思います。
A氏:そうするとファンドの選択をする際にGRESBの5つ星だからといってリターンが高いということではないのでしょうか?
C氏:GRESBの評価が高いからと言って短期的なパフォーマンスがよいということはないと思います。ただし、中長期的にはESGの観点から優れたファンドは経営の安定性があるということだと思いますので、長い目で見た場合は相対的にリスクが低く投資効率の良いファンドになる可能性が高いでしょう。
A氏:なるほど、そういうことですね、よくわかりました
※5 2023年10月18日付け:GRESB 2023年評価結果(CSRデザイン環境投資顧問㈱)による。
筆者後書き
これで年金の運用執行理事3氏による井戸端会議は終了です。不動産投資はインフレヘッジの機能を持つ数少ない資産クラスの1つであり、流動性をある程度犠牲にすれば、債券等と比較して高いインカムリターンを安定的に獲得できる資産クラスです。また、株式や債券等伝統4資産との相関も低くリスク分散の観点からも有効と考えます。
一方で、不動産は景気低迷や金利上昇等の影響を一定のラグを置いて受けるものであるということは投資をする前に認識しておく必要があると思います。この点は、2022年における米国上場REITの大幅な価格下落と、その後に発生し今も続いている私募REITの価格調整を見れば明らかです。
しかしながら、基本的には耐用年数が長く賃料というインカム収入を安定的に生み出す不動産は、長期的な視点で安定したリターンを獲得するには極めて適した資産クラスであると考えます。年金の運用執行理事3氏による井戸端会議でこれらの理解が進んだとすれば幸いです。
次回は不動産と同じ実物資産であり、低流動資産の中でも最近特に注目を集めているインフラ投資について解説する予定です。