プライベートアセットに投資する際の留意点や心構えを中心に解説する本コーナー。前編と同様、立場の異なる3人の運用執行理事による会話形式で、プライベートエクイティについて深掘りしていきます(架空の人物です)。
3人のプロフィール
A氏:最近企業年金基金に常務理事兼運用執行理事として着任、本体では経理・財務関係の仕事に長年従事してきた。
B氏:常務理事兼運用執行理事として8年の経験があるベテラン。プライベートアセット投資には積極的。
C氏:B氏同様運用経験の長いベテラン常務理事兼運用執行理事。最近プライベートアセット投資にはやや慎重姿勢。
PA投資の新たな領域
農地・森林
A氏 これまで不動産、インフラ、PD、PEとPAの代表的な資産クラスの話を伺ってきましたが、PA投資にはそれ以外にも投資対象はあるのでしょうか?
B氏 農地・森林や排出権、保険リンク商品、トレード・ファイナンスなどでしょうか。特に最近はトレード・ファイナンスやESGの観点から農地・森林ファンドをよく耳にします。オルイン本誌でも「探せ、オルタナティブの代替資産」*1という特集で最初にテーマとして取り上げられていたのは農地・森林投資でした。
*1 『オルイン』 Vol59「探せ、オルタナティブの代替資産 フロンティアアセットで目指す分散の追求」 第1回 農地・森林投資 https://al-in.jp/4097/
C氏 農地・森林は大きな枠組みでは不動産・インフラと言ったリアルアセットに該当すると思いますが、米国の年金基金ではかなり以前から投資対象になっています。
A氏 イメージがなかなか湧かないですが農家に投資をするのですか?
B氏 収益構造は1年生作物(とうもろこし、大豆、小麦、綿花、米等)と多年生作物(りんごやワイン用のぶどうなどの果樹類、アーモンドなどのナッツ類)で大きく異なります。1年生作物はファンドが保有する農地を大規模農家等に賃貸し、そのリース料が収益になります。リースなので収穫高の増減には関係なく、米国ではコア農地のインカムリターンは4%程度で安定しているようです。一方で、多年生作物は農地の所有者自らが運営することが多いので、収穫量の変動や作物の価格変動といったオペレーション上のリスクを負うことになりますが、品種の選定や販売サイドでのマーケティング活動によって付加価値を向上させることが可能となります。また、価格変動リスクを低減するために作物の分散等を図っているようです。
C氏 とはいってもやはり多年生作物はオペレーション上のリスクがあります。少しリターンは下がりますが、収益の安定した1年生作物が全体の8割くらいを占めるファンドもあるようです。
A氏 森林投資はどのようなものなのでしょう?
B氏 こちらは森林を保有し樹木を育て、伐採した木材の販売が収益となります。最近では排出権を売却することで追加のリターンを獲得することもあるようです。
C氏 ESGの観点からは適した投資だと思いますが、木材価格は住宅需給の影響を受けやすいほか、山林火災や病虫害等の自然災害のリスクもあるので、地域分散は必要でしょうね。
B氏 価格変動リスクは樹木の伐採時期をコントロールすることである程度は低減できるようです。米国では長い運用実績もありますし伝統4資産との相関も低いので、当基金では面白い投資対象ではないかと考えており、リサーチ中です。
保険リンク商品
A氏 保険リンク商品は2017年と2018年に米国に襲来した大型ハリケーンによる大きな損失の印象が強くて、新たな投資対象にするのは難しいと思います。どちらかと言えば新たな領域というよりも多くのDBがポジションを縮小している領域ではないでしょうか。
C氏 そうですね、当基金でも大きな損失が発生したので保険リンク商品は当分「御法度」です。2年間で時価が約1/3も吹っ飛んでしまい、その後も解約までに回復せず終わってしまいました。サイドポケットもいまだに残っているし、踏んだり蹴ったりです。
B氏 ファンドマネジャーもリスクの取り方を工夫するとか、自然災害以外のリスク引き受け等を試みたりしているようですが、2022年もフロリダ州に上陸したハリケーン「イアン」で損失が発生したみたいです。さすがに2017年のような大きな数字ではないですが…。保険リンク商品は災害がヒットした際のリスクが高いですが、そうした中にあってCATボンドはリスクが相対的に低く伝統4資産とも無相関ということで、まだ選択肢の1つになるのではないでしょうか。
A氏 ところでハリケーンやカリフォルニアやオーストラリアの山火事などは地球温暖化の影響なのでしょうか。
B氏 ハリケーンの発生確率が目に見えて増えているというわけではないと思います。後はハリケーンが発生しても進路次第なので、これはその時の運によりますね。フロリダ半島に上陸して大きな自然災害を引き起こすか、東側の大西洋にそれて大きな被害を受けることなく終わるか、進路としてはちょっとした違いです。
排出権取引
A氏 排出権取引は新たな分野になるのでしょうか?
B氏 排出権取引では欧州や米国カリフォルニア州の排出権取引制度が有名です*2。欧州の排出権取引制度に投資するファンドは日本では見たことがないですが、カリフォルニア州の排出権取引制度に投資するファンドは日本でも複数が販売されています。ただし、排出権の需給変動による価格リスクを回避するために、単純なロングではなく先物を組み合わせて直先スプレッドによりリターンを得るファンドが、日本では先行しているような感じがします。
*2 カリフォルニア州では、2013 年からキャップ・アンド・トレードによる排出量取引を実施している。キャップ・アンド・トレードは、GHG(温室効果ガス) を排出する事業者に対して排出枠を設定し、過不足分の排出枠を取引することで規制を順守する制度であり、排出枠を年々逓減するとともに、取引価格を年々漸増することで GHG(温室効果ガス) 排出量の削減を実現する。出所:JETRO「米国・カリフォルニア州の 気候変動対策と産業・企業の対応」より
C氏 ロングも中長期的には価格が上昇する可能性が高いので、悪くないと思いますが、排出権は政策によって成り立っているものなので、政策変更リスクは怖いですね。
B氏 欧米で販売されているファンドは圧倒的にロングが主流ですが、日本では排出権になじみのないこともあり、ロングではなくマーケットニュートラルな仕立てが主体になっているのでしょう。ただし、排出権は市場で取引されて価格も毎日市場で提示されているので、今まで議論してきたPA投資の範疇とは少し違う感じがしますね。オルタナティブ投資には該当すると思いますが…。
A氏 ESG投資としてもよく安定したリターンが取れるのならば、日本の年金にも普及しそうですが、排出権も無限にあるわけではないので、ボリュームには限界がありそうですね。
天然資源・コモディティ
A氏 海外の年金ではコモディティにも投資をしているようですね。
C氏 インフレヘッジを目的に資産の一部をコモディティに振り向けているのかもしれませんが、需給関係や地政学的要因により価格変動リスクが大きい資産クラスですし、日本の場合はインフレヘッジの必要性がこれまではさほど認識されてこなかったので、年金の運用において普及している資産クラスというイメージはないですね。こちらも金や非鉄金属の銅、アルミ、原油、砂糖などほとんどすべての商品がパブリックの先物市場で取引されているので、オルタナティブ投資には該当しますが、PA投資ではないですね。
A氏 海外の年金において資産クラス別運用状況などを見ると、「Natural Resources(天然資源)」というカテゴリーを目にしますが、これはコモディティのことでしょうか?
C氏 それらも含んでいますし、森林・農地なども不動産ではなくこちらにカテゴリーされているケースもあると思います。また、海外ではこのカテゴリーで石油・ガスや金属資源の上流案件(Upstream)にも投資されているようですが、石油・ガスの上流に該当する探鉱/開発/生産はハイリスク・ハイリターンの世界なので、繰り返しになりますが目標リターンがさほど高くない日本のDBが積極的に投資をする領域ではないような気がします。
B氏 資源開発案件では時として全損になることもありますしね。
新たな領域は主要4資産の延長線上にも?
B氏 新しい領域という意味ではどちらかというと、従来の主要資産クラスである不動産、インフラ、PD、PEの枠組みの中で投資対象が広がってきているのではないでしょうか。例えば国内の不動産でも借地権を投資対象にした底地ファンドが数年前から登場しています。大手デベロッパーがスポンサーの総合型の私募REITでも、分散の観点から底地をポートフォリオに組み入れる動きもあります。インフラでもDX関連ということでデータセンターや携帯の電波塔などが投資対象になってきています。あるいは再エネ関連でのEV充電設備(EV Charging)や水素関連施設などもありますね。
C氏 データセンターや電波塔は米国では以前から不動産の上場REITが投資対象にしていましたが、インフラファンドとの境目がなくなってきているようです。いずれにしても日本のDBはトラックレコードを重視する傾向があるので、目新しいものは実績が積みあがるまでは敬遠されがちです。結果として既存の延長線上のものが好まれるということではないでしょうか。
運用資産規模の小さいDBはPA投資にどう対応するか?
A氏 PAのパフォーマンスが伝統4資産と比較して近年相対的によいので、資産規模が100~150億くらいのDBでも本格的にPAを導入したいというケースは多いのではないかと思いますが、規模の点から十分な分散がなかなか難しいところもあります。どうしたらよいでしょう?
C氏 不動産私募REITは規模の小さいDBでも採用されているところは多いでしょうが、伝統4資産に代わってPA投資をさらに推し進め収益の安定化を図りたいということだと思います。一方で、PAに対して円ベースで5%程度の安定したインカムゲインを期待するのか、あるいはPEのようにIRR15%という高いリターンを期待するのか、これを明確にしておく必要があります。
債券代替としてインカムゲインを期待するのであれば不動産、インフラ、PDへの投資がありますが、運用資産規模が小さい場合はキャッシュフロー管理の煩雑さを回避するためにも、コアのオープンエンド型ファンドを導入されるのがよいと思います。PA投資の場合は最小投資単位が1,000万ドルというファンドもありますが、分散を図るために信託商品で2~3億円から投資できるファンドを選択するのがよいでしょう。インフラはインカム系のPAでお薦めですが、最低投資金額が500万ドル未満のファンドが極めて少なく、3億円程度で投資できるファンドの選択肢は限定的になってしまいます。
資産規模が150億円で、流動性の観点からPA投資に1割程度の配分が可能ならば、以下(例1)のような構成も悪くはないのではないでしょうか。といっても、流動性が気になる、購入最低金額が大きく分散投資が難しい、母体の理事会/代議員会の理解を得るのが難しい、リスクの所在がよくわからない、政策アセットミックスを変えてまで投資をする必要があるのか、といったネガティブな要素も多々あると思いますので、導入は簡単ではないでしょう。
前提:運用資産規模は150億円 PA投資の資産割合は10%=15億円とする
インカム系PA投資には債券を減額して充当、PE投資の場合は上場株を減額
例1:債券代替としてインカム系のPAに100%投資
内訳:国内不動産私募リート 総合型 5.0億円
プライベートデット オープンエンド 5.0億円
インフラ コアのオープンエンド 5.0億円
B氏 私としてはPA投資ではインカム系オンリーではなく、高いリターンが期待できるPEを含めたいですね。PEもクローズドエンド型のファンドだとビンテージ分散を考えるとそれなりの資産規模が必要になりますが、最近はリターン目線がやや低くなるものの、オープンエンド型ファンドに少額から投資できるので、そちらを組み込みたいと思います。
例2:株式代替としてのPE投資も含める
内訳:PEオープンエンド型 (株式代替) 5.0億円
国内不動産私募リート 総合型 5.0億円
プライベートデット オープンエンド 5.0億円
C氏 最近はオルタナティブ投資あるいはPA投資のマルチファンドもあるようなので、小規模で分散の効いたPAのポートフォリオを作れないという場合は、そちらも選択肢になりそうです。ただし、ポートフォリオの中に占めるPEの比率はよく見ておいたほうがよいでしょうね。PEの比率が高いと期待リターンは高くなりますがリスクも当然高くなります。
PEが含まれないインカム系だけの構成だとリスクは相対的に低くなり、期待リターンはマイルドになります。今はドル円のヘッジコストが約6%になっているので、あまりマイルドすぎると円ヘッジ後のリターンが薄くなります。このあたりは基金の運用方針と合致しているかどうかを見定めて選択されるのがよいでしょうね。
A氏 PAのマルチファンドであれば資産規模が50億円くらいの基金でも採用可能ですね。5億円ほど投資すれば、それで不動産、インフラ、PD、PEといったPAに分散して投資をすることが可能なのは運用資産規模の小さい基金にとってはありがたい存在です。
前提:運用資産規模は100億円 PA投資の資産割合は10%=10億円とする
例3:PAマルチファンド(PEあり)に5億円投資
内訳:PAマルチファンド(PEあり)*3 5.0億円
国内不動産私募リート 総合型 2.0億円
プライベートデット オープンエンド 3.0億円
*3 PAマルチにはPEが3割含まれているので上場株を1.5億円減額、他はインカム系なので債券を9億円減額、PAマルチはオープンエンド型ファンド。便宜上PAマルチ(PEあり)の資産配分はPE3割、不動産/インフラ/PD各2割、流動性資産1割とする。
B氏 オルインが2020年に実施した「プライベートアセット調査」*4では、資産規模100~300億円の基金ではPA投資を行っている比率が63.6%に達しているものの、ポートフォリオ全体にPA投資が占める割合は6.0%程度にとどまっています。また、PA投資の中でもインカム系で分かりやすい不動産が56.4%と過半を占めているのが特徴です。PEは17.9%、PDは15.4%とそれなりに投資されていますが、インフラはわかりにくいのか、あるいはオープンエンド型ファンドのキューが以前は1年程度と長かったとから10.3%と、まだ積極的にという感じではないようです。
逆に資産規模1000億円以上の基金では、ポートフォリオに占めるPA投資の比率は14.5%とかなり高く、PEが22.2%、PDが25.9%、インフラは22.2%、不動産は29.6%と資産クラスがおおむね均等に分散されているのが特徴です。
*4 『オルイン』Vol.59 より抜粋