資産所得倍増に水を差しかねない
先日政府より公表された「資産運用立国実現プラン」の中に「成長資金の供給」が掲げられ、スタートアップ企業等への資金供給を促進させるための環境整備や非上場株式の流通促進等の必要性が説かれた。
新興企業の資金調達と言えば、IPOを思い浮かべる方も多いだろう。IPOは、資金調達に加え、知名度や信用力の向上も期待されることから、それを目指す企業は多い。国内IPOの件数(東証発表)は、2020年以降、毎年100件を超えている。
こうした中、23年12月、証券取引等監視委員会が内閣総理大臣及び金融庁長官に対し、大手の証券会社がIPOの初値で株価操作を行ったとして行政処分を行うよう勧告した。同社の役員らが、IPOの初値を公募価格以上に変動させるために、海外の現地法人や所属IFA等を使って、公募価格と同価格で買い付けを行うように投資家の勧誘を指示したという。主幹事を務めた銘柄の初値が公募価格を上回った点をアピールすることで、今後の主幹事獲得につなげようとしたとの見方がある。
IPOについては、23年4月に別の大手証券会社が公募価格の設定プロセスにおいて、企業側の主張する価格を下回る想定発行価格を提示し、主幹事の優位な立場からの一方的な値決め行為として、独禁法違反(優越的地位の乱用)につながる恐れがあるとの注意を公正取引委員会より受けたことが記憶に新しい。この事案では、「新規上場会社がより多くの資金を調達できた可能性があった」点が問題視された。実際、初値が公募価格の2倍以上になった上場企業もあったという。別の角度から見ると、投資家が当選したIPO株を初値で売って大儲けすることが出来たということだ。IPOが証券会社の太客作りに貢献している様子がうかがえる。
その事案とは異なり、昨年12月の事案は公募価格維持を図ったものであり、発行企業受けのする行為である。「受益者」は異なるものの、IPOの公募価格や初値が操作されることで、利益・不利益を受けた者が生じたという点は両者で共通する。
株価操作と言えば、22年にブロックオファー取引に関連して株価を操作したとして、また別の大手証券会社の幹部が逮捕・起訴されたスキャンダルがあったばかりだ。かくも複数の大手の証券会社において株式市場をゆがめる行為が繰り返されると、国民の間で「やはり証券市場・証券会社は信用できない!」との思いが強まり、資産運用立国や資産所得倍増の実現が遠のいてしまうのではないかと気が気でないのは筆者だけではないだろう。
行政処分 監督当局の着眼点は
23年6月の衆議院の財務金融委員会において、金融商品取引法等の一部を改正する法律案が審議された際、委員より、「法令違反行為もしくはその疑いがあるような行為が行われた場合、どのような観点から金融庁が行政処分を検討するのか。」との質問があった。金融庁の監督局長からは、「基本的に、利用者被害の程度や、行為の反復継続性、故意性、組織性といった点に加え、当該行為の背景となった経営管理体制、業務運営体制の適切性、さらには金融機関による自主的な改善対応の状況などを勘案した上で、公益又は投資者保護の観点から、行政処分の要否や内容を判断することとしている。」との回答があった。
過去の証券会社を対象とした行政処分を振り返ると、当局は、特に「行為の反復継続性」や「組織性」、「経営管理体制」に注目していることが分かる。問題視される行為について、どの程度の期間、どの程度の回数、どの程度の部門・部署やどの程度の役職の者達が関わっていたのか(長期間、多頻度、関係部署が多岐に渡るほど、故意性や組織性が疑われることになる)。また、業務の執行状況を監督・モニタリングする立場の経営陣が、どの程度その行為を把握していたのか(経営陣が把握していた場合は当然問題視されるが、把握していなかった場合でも、情報伝達の不備など経営管理体制が問われる)。さらには、いわゆる「1線、2線、3線チェック」や内部通報制度がどの程度機能していたのか。当局は、こうした点に留意して、処分の程度を決めているように思われる。
金融庁では、一般の検査・モニタリングにおいて問題事象を見つけた場合は、少なくとも3回は『何故』を繰り返してroot cause(根本原因)を見つけるようにしていると聞いたことがある。根本原因を究明することで、より実効性のある解決策を導き出すことができるという。例えば、株価操作については、「何故、株価操作をしたのか(業績評価体系の問題)?」「何故、株価操作が出来たのか(経営管理体制やコンプライアンス体制の問題)?」、「何故、社内で問題視されなかったのか(社風や組織体質の問題)?」などをヒアリングするといったことだろうか。なお、行政処分において、外見上、問題行為が末端の個人プレイのように見えても、経営管理体制にまで踏み込んで課題を指摘される場合があるのは、こうした深度ある分析が行われた結果だろう。
証券業界では株式や投資信託などの取引において手数料引き下げ競争が激化する中、収益の多角化が課題となっており、そうしたプレッシャーが諸々の問題行為の誘因となったのかもしれない。しかしながら、いくら手数料を引き下げ、「わが社は顧客本位である。」とアピールしたとしても、その一方で当局に問題行為を指摘されるとなれば、真に顧客の信頼を得ることは難しい。
資産運用立国の実現に向け、当局は「顧客の最善利益の追求」を金融機関に強く求めており、個々の処分は「一罰百戒」の意図もあるかと思う。インベストメントチェーンに携わる金融機関の経営者・職員は、新年に当たり、あらためて顧客本位のあるべき姿を考える時だ。