アクティブファンドは各ファンドの運用方針に沿って運用されており、「唯一無二」のファンドを発掘するのも魅力の一つです。そのファンドマネジャーとはどんな人で、どんな投資哲学を持ってファンドを運用しているのでしょうか? いま気になるファンドマネジャーにインタビューしてみました。今回話を伺うのは、「百戦錬磨の名人ファンド」(三菱UFJ国際投信)の魚谷孝雄チーフファンドマネジャーです。

同ファンドは、運用会社が得る信託報酬はパフォーマンスが実質的に過去最高となった場合のみ発生する「成果報酬型」という報酬体系を導入したことで話題となっています。

この人に聞きました
魚谷孝雄
魚谷 孝雄 三菱UFJ国際投信 運用戦略部 チーフファンドマネジャー

2001年UFJパートナーズ投信(現三菱UFJ国際投信)入社。ファンドのパフォーマンス分析やリスク分析を行うリスク管理部を経て、2003年に運用部門へ異動し、日本株アナリストに。その後日本株ファンドマネジャーを経て、2006年から百戦錬磨の名人ファンドのマザーファンド「日本株マーケットニュートラル・マザーファンド」(以下、マザーファンド)を担当。ジャッジメンタルリサーチと計量モデルを融合させた独自の運用手法でファンド運用を実施。

2年半のハードな経験が、のちの大きな力に

――最初に魚谷さんのご経歴を教えてください。

旧UFJ パートナーズ投信が発足した2001年に、新卒で同社に入社しました。最初の配属先はリスク管理部でしたが、社内公募に応募し、日本株の運用部門に異動。日本株のリサーチアナリストを経て、バリュー(割安株投資)運用のチームでファンドマネジャーとなりました。そこで2年半ほど、ジャッジメンタル運用(基本方針の中で、ファンドマネジャーが投資判断を下す運用手法)を担当した後、2006年にはクオンツ部門に異動しました。そこでこのファンドのマザーファンド(「日本株マーケットニュートラル・マザーファンド」)の運用担当になりました。

マザーファンドは機関投資家向けのものでしたので、個人投資家向けの商品に携わるのは今回が初めてになります。

――新卒で運用会社に入られたということは、学生のころからファンドマネジャーになりたかったのですか?

はい、資産運用には学生時代から興味がありました。大手シンクタンクでクオンツ開発を担当されていた方が大学院でファイナンスを教えていらしたので、その先生の下で勉強していました。その当時、やりたいことは漠然としていたのですが、金融工学やデリバティブを学ぶうちに株式運用の道が面白そうだな、と思うようになりました。

――ご希望通り念願が叶ったのですね。ただ、キャリアのスタートは大学院の研究内容につながるクオンツ運用(人間の判断を介在させず、高度なデータ分析に基づく原則に沿って行う運用手法)ではなく、企業リサーチをベースとしたオーソドックスなアクティブ運用担当とのこと。一見、「遠回り」にも思える業務内容ですが、どう感じられましたか?

好配当型の投資信託を担当していたのですが、その当時はちょうどITバブルが2000年に崩壊した後で、バリュー相場(割安銘柄が値上がりしやすい相場)の全盛期。バリューファンド・ブームの中で好配当ファンドも大人気でしたので、時期としては良かったと思います。ただ、チームは非常に厳しく、1日最低3件は企業訪問して取材するなど、朝6時から夜12時まで全力疾走のハードな日々でした。

通常、アクティブ運用の世界は、5年、10年と経験を積んではじめて一人前と認められるのですが、チームにいた2年半の間に密度の高い時間を過ごすことができました。今の自分の運用スタイルのベースをつくりあげたのは、この頃の経験だと思っています。