2019年、多くの人の関心を集めた「老後2000万円問題」の発端となったのは、金融庁の金融審議会「市場ワーキング・グループ」がまとめた報告書だった。もともと市場ワーキング・グループは国民の安定的な資産形成を支えるべく、国内の金融機関や投資環境を巡る問題について幅広く議論を行うため、2016年に設置された会議体。その設置当初からメンバーを務めた永沢裕美子氏は、次のように振り返る。
「2005年ごろから銀行や郵便局での窓販が本格化するにつれ、高齢者が中身をよく知らずに投資商品を購入し、リーマン・ショックを契機に元本割れが発生、金融機関と顧客がトラブルになるといったことが社会問題になっていました。こうした事態に対し、日本証券業協会が高齢者への販売ルールを設けたものの、その後、高齢顧客を対象とした投資信託の乗り換え営業など金融機関の手数料稼ぎが疑われる事例が相次いで報告されるようになりました。そんな背景を受け、金融機関がより『顧客本位』に変わっていくためには何が必要なのか、議論する場として2016年に市場ワーキング・グループが設置されたのです」。
永沢 裕美子氏
そして、2017年に市場ワーキング・グループから金融庁へ提言した内容を基に公表されたのが「顧客本位の業務運営に関する原則」で、顧客との利益相反の回避や手数料の明確化など、金融機関が取るべき7つの行動原則が示された。それから3年以上が経過した今、確かに金融機関の露骨な手数料稼ぎは鳴りを潜め、顧客本位になった部分もあるが、まだまだ改善されていない部分も少なくないという。
「当時、市場ワーキング・グループの議論の中では、顧客本位の業務運営の項目の一部についてはルール化して金融機関に義務付けるべきだという意見もありました。しかし、顧客の利益を第一に考えるのは当たり前のことであり、まずは金融機関の自主的な取り組みを尊重すべきだという意見が大勢を占め、顧客本位の業務運営が浸透するかどうかを、3年程度は様子見しようという結論に至りました。あくまで原則のみを示し、具体策は金融機関の側が顧客の利益を考慮し、より良い金融商品・サービスの提供を競い合うなど創意工夫をする中で考えるべきだと。ただ、実際に3年経ってみると、確かに金融機関の意識変化は認められますが、収益環境が厳しいこともあって、一部の現場ではその実践が難しいのが実態のようです」。