<前編のあらすじ>
結婚12年目の美佳は、食品メーカーで営業職として働く夫・晴彦、娘・由美子と暮らしている。これまで趣味らしい趣味がなかった晴彦は、仕事をきっかけにコーヒーに夢中になり、自宅で焙煎まで楽しむようになった。
美佳が晴彦が淹れたコーヒーを「お店を開けるレベル」と何気なく褒めたことで、晴彦は退職を決意。自分で焙煎した豆を多くの人に届けたいと考え、本気で挑戦したい思いを美佳に伝える。
家族や将来の生活もあるため、会社を続けながら副業として始めてはどうかと、美佳は提案するが、晴彦はすでに会社へ退職届を提出し、退職日まで決めていた。大事な決断を相談もなく進められていたことを知り、美佳は目の前が真っ暗になるような衝撃を受ける。
●前編【「お店を開けるレベルだと思うけど」何気なく夫を褒めた妻…数週間後に突如告げられた“まさかの決断”】
相談なしの退職に妻は動揺
「ちょっと待って。退職届を出したって、いつ辞めることになってるの?」
「来月末だよ。もう上司とも話をして、退職する日も決まってる」
「そんな……」
美佳は思わず額に手を当てた。
頭が急に重たくなったような気がした。
「な、なんでそんな大事なことを相談もなく決めちゃうのよ。私たちには由美子だっているんだよ?」
「もちろん分かってるよ」
「分かってるなら、どうして勝手に決めちゃうの? これから中学、高校、大学って進学したらお金だってかかる。私たち夫婦の老後のことだってあるのに、どうして仕事を辞めちゃうの……⁉」
美佳が問い詰めると、晴彦は落ち着いた様子で口を開いた。
「何も考えずに辞めたわけじゃないよ。ちゃんと計画は立ててあるんだ」
「計画?」
「まずは自分で焙煎したコーヒー豆をネットで販売しようと思ってるんだ。いきなり店を開くなんて、そんなのは無謀だって思ってるからね」
「……ネットでコーヒー豆を売るの?」
「そう。生のコーヒー豆を仕入れて、自分で焙煎して販売するんだよ。店舗を借りると家賃や内装費がかかるだろ? でもネット販売ならそういう費用も抑えられる」
さらに晴彦は説明を続けた。
「それに今までずっと食品メーカーで営業をやってきた経験だってある」
「でもいきなり素人が作ったコーヒー豆なんて誰が買うの?」
美佳がそう聞くと、晴彦は自信ありげに説明をした。
「個人だからこそできるニッチな層に刺さる豆を、マニアに向けて売って勝負していくつもりだよ。最初は少量ずつ販売して、気に入ってくれたお客さんに繰り返し買ってもらう。そうやって少しずつ売上を伸ばしていけば、やれると思ってるんだ」
晴彦は活力に満ちた表情で話をしていた。しかし、美佳の表情は暗いままだった。
