人口の都市への集中が進み、墓じまいの件数は10年間でほぼ倍増しています。同時に墓じまいのトラブルも増え、国民生活センターによると2025年度には1000件以上に上っています。
都内のインテリア店でパートとして働く中沢淳美さん(仮名)も墓じまいのトラブルに直面した1人です。高額な離檀料を巡って菩提寺ともめ、にっちもさっちも行かなくなったところで紹介されたのが、ある墓じまいの専門家でした。
中沢さんから見れば子どもほどの年代で最初はその若さに不安を感じましたが、プロフェッショナルな仕事ぶりで、中沢さんのお母さんの最期の願いを叶えてくれたのだとか。中沢さんにそのドラマチックな体験談を話してもらいました。
〈中沢淳美さんプロフィール〉
東京都在住
52歳
女性
パート
会社員の夫と自宅マンションで2人暮らし
金融資産1050万円(世帯)
母に頼まれた「実家の後始末」と「墓じまい」
今、我が家のリビングボードの上には、私の両親の位牌と遺影、そして遺骨が並んでいます。
遺骨は母の四十九日に、近くの納骨堂へと移す予定です。夫はクリスチャンで我が家には仏壇がないので、それまで両親にはここで我慢してもらっています。
母が亡くなって1カ月半。そして、父が眠る郷里の菩提寺と墓じまいをめぐる交渉を続けて数カ月。ようやく、両親の遺骨を一緒に納骨できるメドが立ち、ただただ、ほっとしています。
きっかけは、父が亡くなった後、郷里の実家を守っていた母が、腰椎を痛めてひとり暮らしが難儀になったのを機に上京を決めたことでした。2カ月ほど入院していたのですが、退院後、施設入居を模索する中で、「どうせなら、淳美の家の近くの施設に入りたい」と我が家の近くに新しくできた介護付き老人ホームに転居してきたのです。
母はずっと専業主婦でしたが、明るい性格で友人も多いタイプ。地元には母のきょうだいもいて、母的には実家を離れるのは大きな決断だったはずです。心配性のひとり娘が頻繁に見舞いにくることを想定して、我が家の近くの施設を選んでくれたのだと思います。
実際、仕事の合間を縫って3日に1度は母の施設に顔を出し、時には夫も交えて、いろいろ話をすることができました。
今思えば、母は自分の寿命を察していたのかもしれません。施設に入居して一息つく暇もなく、私に実家の後始末や、墓じまいを頼んできました。
