夫から衝撃の決断…

それから数週間が経った日のこと、夕食を終え、美佳が食器を片付けていると晴彦が声をかけてきた。

「美佳、ちょっと話があるんだけどいいかな?」

「うん。どうかしたの?」

「実は会社を辞めることにしたんだ」

突然の言葉に、美佳は洗い物の手を止めた。

「……え? どういうこと? な、何を言ってるの?」

「いやだから会社を退職するって言ってるんだよ」

晴彦は当然のことのように話をしたが、美佳には彼が何を言っているのか理解できなかった。

「ちょっと待ってよ。なんで急にそんな話になるの? 会社で何かあったの?」

「いや、違う違う。実はコーヒーの仕事を始めようと思ってるんだ。自分で焙煎した豆を、いろんな人に飲んでほしくて」

「……コーヒーの仕事?」

晴彦はしっかりと頷いた。

「この前、美佳も言ってくれただろ? お店を開けるくらい美味しいって。それで俺なりに真剣にいろいろと考えてみたんだ。それでやってみることにしたんだよ」

晴彦は少し興奮した様子で話を続けた。

「正直ちょっと考えてはいたんだ。でもさすがに無理だろと思ってたんだけど、美佳の言葉に背中を押してもらえてさ」

以前、晴彦にお店を開けるくらい美味しいと話したことは美佳も確かに覚えていた。だが……

「……待ってよ。あれはコーヒーがそれくらい美味しいって褒めただけで、本当にお店を開いたらって意味じゃないよ……」

「あ、そうだったんだ。でも俺、あの言葉がすごく嬉しくてさ。本気でやってみたいと思うようになったんだ」

美佳は急いで濡れた手をタオルで拭いて、晴彦の両腕を掴んだ。

「き、気持ちはもちろん分かる。あなたがコーヒーを好きなのも分かる。でもさ、そんなに簡単な話じゃないんだから、いきなり辞めるんじゃなくて、続けながら副業としてやるのだって」

「いや、もう会社には退職届を提出したんだ」

「え……?」

美佳はその場に崩れ落ちそうになるのをぐっとこらえた。晴彦の言葉に目の前が真っ暗になったような気持ちだった。

●仕事をきっかけにコーヒーへ夢中になった夫・晴彦を「お店を開けるレベル」と何気なく褒めた美佳。数週間後、晴彦はその言葉に背中を押されて、コーヒーの仕事を始めるため会社を辞めると宣言し、すでに退職届まで提出していた…… 後編【「素人が作ったコーヒー豆なんて誰が買うの?」相談なしで退職した夫…妻にのしかかった“家計の現実”】にて、詳細をお伝えします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。