「これ、生焼けなんだけど」

バーベキュー当日、康平は牛肉を焼く担当だった。炭火をおこし、鉄板を載せ、肉を並べて焼いていく。もうもうと煙が立ち上ると同時に、肉が焼ける香ばしい匂いが康平のまわりに漂う。

牛肉は近所のスーパーで購入した普通の肉だったが、タワマン住民はきっと美味しい肉を食べ慣れているだろうから、一応、和牛のA5ランクを用意していた。

8月の下旬の日曜日。夕方16時からスタートしたので、真っ昼間の炎天下ではなかったものの、気温は30度を超えていた。

炭火の前に立っている康平は汗だくだった。こまめに水分補給しているつもりではあったが、熱中症になってしまったのか、頭がぼおっとしていた。

と、康平の目の前に、サングラスをかけた50代くらいの男性が立ち、康平に話しかけているのに気づいた。

「ちょっと」

「はい、何でしょうか」

「これ、生焼けなんだけど」

サングラスの男は紙皿に載せられたステーキ肉を突き出した。

「低層階の人間は牛肉も食ったことがないのか?」

表面は焼けているが、断面からはピンク色が覗いている。それを目で確認して康平は言った。

「あ、いや、それはちょうどミディアムレアだと思いますよ」

その一言がサングラスの男の癇に障ったようだった。

「なんだお前。何様だ? 俺が生だっつったら、生なんだよ」

急に乱暴な口調で言われて、康平もさすがにカチンときた。

そのため、半ばけんか腰で言い返してしまった。

「いや……、それ、どう見てもちゃんと火が通ってますよ。あなたが繊細すぎるんじゃないですか。まあ、焼き直せって言うならやりますけど、他のお客さん優先なので、あとででいいすか」

康平の生意気な返事で、サングラスの男は完全に怒ってしまった。

「へえ、そこまで言うなら、相当肉に詳しいんだろうな。あんた、どこの何者だ?」

「521の海野ですよ。仕事は肉関係じゃなくてITですが」

康平がそう答えると、サングラスの男はせせら笑った。

「5階というと、低層階だな。低層階の人間は牛肉も食ったことがないのか?」

康平が啞然としていると、サングラスの男は言い放った。

「これは生肉同然だ。こんな肉を振る舞っていたら、タワマン全体が集団食中毒になるだろうな。呆れてものも言えん」

そこまで言うと、康平の反論も待たず、サングラスの男は立ち去っていった。

鉄板の前には、呆然とした表情の康平が取り残された。

●サングラスの男性はなぜクレームをつけてきたのでしょうか? 後編:【商店街の夏祭りで出された「生焼けハンバーグ」で食中毒…ハンバーグチェーン創業者の50代男性が抱えていたトラブルの中身】にて詳細をお届けします。

 

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。