義母に沈黙を求められる嫁
次に義実家を訪れたのは、厳しい暑さが続くお盆だった。
いつものように食事の片づけを終えて帰り支度を始めると、芳美は前と同じ白い封筒を美智佳へ差し出した。
「はい。お父さんから交通費」
美智佳は受け取るべきか迷った。前回のような居心地の悪さを味わうくらいなら、黙ってもらってしまったほうが楽かもしれない。だが、芳美に渡すまいと自分がお金を受け取るのも違う気がした。
「いつもありがとうございます。でも本当に私たちのことは気にしないでください。これは、お義父さんに……」
「そう。じゃあ、私がもらっちゃうわ」
芳美はまたしても、封筒をポケットに入れた。そして玄関で尚之が「渡したか」と尋ねると、芳美はすぐにうなずいた。
「ええ、ちゃんと」
そのあとで、美智佳へ軽く目くばせする。
前回ほど鋭い視線ではなかったが、意味は同じだった。美智佳は靴先へ目を落とし、何も言わなかった。
(このままでいいのかな……)
実は以前から、芳美のお金に対するがめつさは気になっていた。買い物を頼まれて立て替えた数千円がそのままになったり、外食でこちらが財布を出すのを待ったりすることがあったからだ。貴弘が文句を言うと、「息子なんだから買ってくれてもいいでしょう」と冗談めかす。
いずれも生活に響くような額ではなく、関係を壊してまで問いただすほどではない。それに、芳美は金銭以外の面では親切だった。
それでも、交通費のことは別だ。芳美が封筒を自分のものにしたという事実より、平気で尚之に嘘をつき、美智佳にも黙っているよう求めてくることが苦しかった。
帰りの車内で、貴弘が前を見たまま言った。
「次は年末かな。父さん、また楽しみにしてるみたいだし」
美智佳は口を開きかけた。
「あのね、お義母さんが……」
「母さんがどうした?」
「ううん。何でもない」
下手に貴弘に話せば、母親を責めさせることになるかもしれない。今までの穏やかな関係まで変わる気がして、言葉を引っ込めた。
窓の外を流れる夕景を見つめながら、美智佳は膝の上で手を重ねた。波風は立てない方がいい。そう思うのに、尚之の優しい顔を思い出すたび、罪悪感は少しずつ重くなっていった。
●義実家への帰省のたび、義父・尚之から交通費を用意してもらっていた美智佳。受け取りを断ると、義母・芳美は封筒を自分のポケットへ入れ、尚之には「ちゃんと渡した」と嘘を重ねる。沈黙を強いられた美智佳は、夫にも真実を打ち明けられないまま、罪悪感を募らせていく…… 後編【「やっぱりそうか」帰省のたび交通費を横取りする義母…罪悪感に耐えかねた嫁の告白に義父の意外な決断】にて、詳細をお伝えします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
