母の放棄が生んだ思わぬ成果

夏休みも終わりが近づき、芽以はカレンダーの新学期初日に丸印をつけた。

もうすぐ給食が復活する。その事実だけで、自然と心は軽くなった。

珍しくパートのない午後、昼食後のリビングでは颯太が画用紙とノートを広げていた。写真を並べ、文章を書き写している。

「それ、何してるの?」

「自由研究。夏休みに作った昼ごはんをまとめてる」

芽以は思わず手を止めた。画用紙には、コロッケパンや唐揚げ丼、冷凍うどんを使った料理の写真が貼られている。材料や作り方だけでなく、味が濃くなった失敗や、次に変えた点まで書かれていた。

「これ、ずっと記録してたの?」

「うん。作ったあとに写真撮って、忘れないうちに書いてた」

仕事から帰ってきた聡も、完成した自由研究を見て目を丸くした。

「これ、本当に全部自分でやったのか」

「うん、お母さんに自分でやれって言われたから」

颯太の言葉に芽以は肩をすくめたが、聡は感心したようにうなずいた。

「あえて突き放したのがよかったのかもな。芽以が手を出さなかったから、自分で考えたんだろ。偉いな、颯太」

芽以は否定しかけた。昼食作りを放棄したのは教育のためではない。文句に腹を立てて、勝手にしろと放り出しただけだ。しかし、満足そうな颯太の顔を見ると、詳しい経緯は蒸し返せなかった。

 

新学期が始まって数日経った日の朝、登校班の集合場所で、あの母親が声をかけてきた。

「ねえねえ、颯太くんの自由研究、うちの子が話してたよ。自分でお昼を作ったんだって?」

「そうなの。私が作らない宣言したから」

「なるほど。そうやって子どもが自分から料理に興味を持つようにしたのね。うちも試してみようかな」

どうやら颯太の自主性に任せる計画だったと思われているらしい。予期せぬ過大評価に、芽以は小さく苦笑した。

そのとき、小学生たちが一斉に歩き出した。登校班のメンバーがそろったらしい。

「いってきます!」

颯太は芽以に向かって叫んだかと思うと、友だちと競うように駆け出した。眩しい日差しの下、色とりどりのランドセルがみるみる遠ざかっていった。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。