「翔太はもう大学に行っていたわけでしょう」
当然というべきか、実際に遺言書の通りに相続を進める際、遺言の執行を任されていた私に対して、吾郎さんはこう主張した。
「遺言には『大学へ進学することを条件』とありますよね…。でも、父が亡くなった時点で、翔太はもう大学に行っていたわけでしょう」
「遺言の効力が出る前に進学しているなら、今から条件を満たすことはできないのではありませんか? そうであれば、遺贈の効力はないはずです」
私はこれを聞いたとき唖然とした。あまりにも苦しい主張だったからだ。
今思い返しても苦しい主張だとしか感じられない。
ただ、相続の現場では、このような無理筋の主張を本気で訴える人に遭遇することがある。お金がもつ魔力は人を惑わすのだろう。
屁理屈を繰り返した
私は吾郎さんに、遺言書の性質について一から丁寧に説明した。遺言書は遺言者が亡くなった時から効力が発生すること、また、条件付きの遺言では、その条件が満たされたときに遺贈の効果が生じると考えられることなどである。
それを前提に、遺言書の効果が発生した際に、既に条件が成就していれば、それは条件が満たされていると考えることを、何度も表現を変えて説明した。
民法の条文や過去の判例を見せながら説明したが、吾郎さんには納得してもらえなかった。
吾郎さんは、「遺言には、進学すること、と書いてある。もう進学しているなら、遺言の効力発生後に条件を満たしたとはいえないのではないですか」などと屁理屈を繰り返すのみだった。
おそらく今の吾郎さんを動かしているのは、翔太さんへの嫌悪感と、少しでも多くお金を相続したいという欲なのだろう。
吾郎さんは数時間にわたって無理筋の主張を展開した挙句、「知り合いの弁護士に相談します」と捨て台詞を吐き、その日は帰っていった。
