残高「350円」が教えてくれたこと

画面を見つめる美穂の視界が、次第に潤んでいく。胸の奥から温かいものが込み上げ、涙が頬を伝ってポタポタとこぼれ落ちた。

「……よかった」

美穂は小さく呟いた。自分の送ったほんの数行の言葉が、画面の向こう側にいる一人の母親の、張り詰めそうになっていた心を救うことができたのだ。かつて自分が孤独な夜に欲しかった、けれど誰からもかけてもらえなかった言葉を、時を越えて別の誰かに届けることができたような、そんな不思議な充実感に包まれていた。

スマートフォンの残高画面を開くと、今回の取引による利益「350円」という数字が表示されていた。システム手数料と送料を引かれ、手元に残ったわずかなお金。合理性やタイパという物差しで測れば、やはりこの作業は割に合わない労働だったのかもしれない。

しかし、美穂は今の自分をこれ以上ないほど豊かだと感じていた。この350円という数字の向こう側には「人の体温」が確かに存在していた。フリマアプリという仕組みは、単に不用品を現金化するだけの場所ではなく、誰かの想いや記憶を、必要としている次の誰かへ繋ぐバトンなのかもしれない。

「お母さん、どうしたの? 泣いてるの?」

リビングのドアが開き、大学の週末休みでたまたま帰省してきた蓮が、怪訝そうな顔で入ってきた。すっかり背が伸び、声も低くなった我が子の姿に、美穂は慌てて涙を拭った。

「ううん、なんでもない。ちょっとね、あなたが小さかった頃のことを思い出していたのよ」

「ふーん」と照れくさそうに頭を掻く蓮の姿を見ながら、美穂は愛おしそうに目を細めた。

手元に残った350円。美穂は心の中で決めた。この小さなお金は、息子の大好きなプリンを買うために使おう。

いつかゆきママさんの子どもが大きくなったとき、また別のお母さんへ、あの温かいバトンが繋がっていくことを静かに願いながら。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。