依子が選んだ現実的な支え方

翌朝、窓から差し込む光が、片づいた居間の畳を淡く照らしていた。依子は卓上に置いたスマートフォンで運航状況を確認した。午後の便に空きが出ている。予約を済ませると、向かいに座る克之へ目を向けた。

「お父さん、この前はごめん」

克之は湯のみを持ったまま、わずかに眉を動かした。

「施設のこと。お父さんの気持ちも考えずに、いきなり提案して悪かったわ」

「ふん、分かればいい」

相変わらず素っ気ない返事だったが、依子は言葉を続けた。

「でも、1人で暮らすのが心配なのは変わらない。怪我だってしてるのに、たいしたことないなんて言って済ませないで」

克之は面倒そうに顔を背けた。

「自分のことくらい、自分でどうにかできる」

「そうは思えないから言ってるの。今は、軽いやけどや打ち身で済んでるけど、もっと大きな怪我をするかもしれない。最悪、火の不始末で火事になることだってあるかもしれない。お父さん、ここが大切なんでしょう?」

依子が静かに問いかけると、克之は口を閉ざした。

昨日、つばめを見上げていた横顔が浮かぶ。

「この家で暮らしたいなら、安全に生活できるようにしないと。お母さんだって、こんな散らかった家を見たら怒るわよ」

克之は鼻を鳴らしたが、何も言い返さなかった。

「掃除や買い物を手伝ってくれる家事支援があるの。毎日じゃなくていい。週に1度でも、誰かに来てもらうことを考えてみて」

「知らない人間を家に入れるのは好かん」

「じゃあ、どんな支援があるかだけでも見てよ。私も一緒に調べるから」

しばらくの沈黙のあと、克之は湯のみを置いた。

「……見るだけならな」

承諾と呼ぶには頼りない返事だった。それでも、依子は小さく息をついて頷いた。

やがて家を出る時間になった。依子は玄関で靴を履き、荷物を持ち上げる。

「次の休みに、また来るから」

克之は驚いたように依子を見たが、すぐに視線をそらした。

「好きにしろ」

「そうする」

外へ出ると、つばめが巣の周りを忙しそうに飛び交っているのが見えた。

父が母の最期にいなかった事実も、20年以上の隔たりも消えたわけではない。それでも、ここで暮らし続けたい父の気持ちを知り、もう見て見ぬふりはしないと決めた。

依子は、もう一度だけ家を振り返った。玄関の前に、克之が立っている。依子が軽く手を上げると、父もほんの少しだけ顎を引いた。つばめの鳴き声に背中を押されるように、依子は雨上がりの道を歩き出した。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。