父の横顔に見えたもの

午後になると、雨はようやく上がった。

雲の切れ間から薄日が差し、濡れた庭の葉を鈍く光らせている。

依子は物置から長靴を引っ張り出して、庭へ出た。膝まで伸びた雑草を抜き、倒れた植木鉢を起こしていく。鉢の底には泥がこびりつき、中には枯れた茎だけが残っていた。

「お母さんが見たら、怒るわね」

独り言をこぼしながら、割れた鉢を端へ寄せる。

母は庭仕事が好きで、季節が変わるたびに花を植え替えていた。依子が帰省すると、玄関先まで連れ出され、新しく咲いた花を1つずつ見せられたものだ。

そのとき、頭上から甲高い鳴き声がした。依子は手を止め、軒下を見上げた。梁の近くに、泥と枯れ草で固められた小さな巣がある。黒い頭がのぞき、すぐに引っ込んだ。

「つばめ……」

一気に懐かしさが広がった。

そう言えば毎年この時期になると、母からつばめの写真が届いていた。几帳面な丸い字で、「今年も帰ってきました」「もうすぐ雛が生まれそうです」などと書かれていた。高校卒業後、すぐ家を出た依子にとって、その写真は故郷の季節を知らせる便りだった。

「そうだった……」

背後で、縁側の戸が開く音がした。振り返ると、克之がゆっくりと庭へ出てくるところだった。

「足元、濡れてるわよ」

依子が声をかけても、克之は答えず、ふらふらと軒下まで来ると、黙ってつばめの巣を見上げた。

その顔を見て、依子は息をのんだ。険しい眉間のしわがほどけ、細めた目には優しげな光が宿っている。口元にも、かすかな笑みが浮かんでいた。

頑なで、不機嫌で、何を言っても突っぱねる父とは別人のようだった。

克之は何も語らず、ただ長いあいだ巣を見上げていた。その横顔を見ているうちに、依子の中で、腑に落ちたことがあった。

(そうか。この人は……)

父は、母との記憶が残るこの家で、毎年戻ってくるつばめを待っていたのだ。施設を拒んだのは、老いを認めたくないという意地だけではなかった。あの日、家族を失ったのは、自分だけではない。そう思い至ったとき、20年以上抱えてきた怒りの炎が、ほんのわずかに小さくなった気がした。