<前編のあらすじ>

依子は亡き母の墓参りのため、1年ぶりに故郷を訪れる。父とは長く距離を置いており、実家へ寄るつもりはなかったが、悪天候で帰りの便が欠航となり、やむなく父の住む実家へ向かうことになる。

到着した実家は荒れ果てており、父・克之も記憶の中の威圧的な存在とは違い、痩せ衰え、怪我までしていた。散らかった家と傷だらけの父の姿を見た依子は、これまで父の生活を何も知らずにいたことを痛感する。

心配した依子は施設入所を提案するが、克之は激しく反発する。そこから話は、母が危篤の際に父が仕事を優先し、最期に間に合わなかった過去へと及ぶ。20年以上抱えてきた怒りをぶつけたものの、父は背を向けたまま黙り込み、依子は「やはり分かり合えない」とやるせなさを抱えたままだった。

●前編【墓参りの帰郷が悪夢に変わる…20年疎遠の父と荒れ果てた実家で再燃した母の死への怨み

依子が拾い直した母の記憶

翌朝になっても、窓の外では強い雨が降り続いていた。

依子がスマートフォンで運航状況を確認すると、午前中の便はすべて欠航になっていた。午後も運航再開の見通しは立っていない。今日中には帰れないと思ったほうがよさそうだ。

「おはよう」

克之はテレビの前に座ったまま、依子と目を合わせようとしなかった。卓上には、相変わらず新聞や郵便物が散らばっている。依子が腹立たしさを感じながら台所へ行くと、流しには昨日と同じ食器が残っていた。

「これ、片付けるからね」

今度は克之が振り返る。

「余計なことはしなくていい」

「別にお父さんのためじゃないわよ」

依子は蛇口をひねった。

「私が、このままにしておきたくないだけ」

克之は何も言わなかった。依子は食器を洗い、期限の切れた食品を分け、床に積まれた紙袋や雑誌を端へ寄せた。棚の奥から、白地に青い花が描かれた小鉢が出てきた。母が煮物を盛るときによく使っていたものだ。

「わあ、懐かしい……」

さらに押し入れを整理すると、古い裁縫箱や、角の擦れたアルバムが見つかった。子どものころ、制服のボタンや、糸がほつれた洋服を母が直してくれたことを思い出す。

「こんなところに残ってたのね……」

アルバムをめくると、若いころの母が庭先で笑っていた。その隣には、厳めしい顔の父が立っている。胸の奥に広がったのは、寂しさだけではなかった。自分がどれほど母に気にかけてもらっていたのか、長らく忘れていた温もりが蘇る。

「お母さん……」

ふと顔を上げると、克之が部屋の入口に立っていた。

手伝う様子も、礼を言う気配もない。ただ、依子が裁縫箱をそっと布で拭き、元の場所へ戻すのを黙って見ていた。視線を感じつつ掃除をしていると、昼頃には、床が見える範囲も増え、台所にも人が動ける空間ができていた。

「よし、こんなもんかな」

依子は整った部屋を見回した。

ここは大嫌いな父が暮らしているだけの家ではない。母との思い出が詰まった大切な場所だった。思わぬ帰省によって、依子は嫌悪とは違う感情を見出していた。