晴香に残った後悔
翌朝、晴香はいつもより少し早く目を覚ました。カーテンの隙間から見える空はどんよりと暗く、部屋の中にはまだ夜の湿り気が残っている。キッチンに立つと、祐太が少し遅れて寝室から出てきた。
「おはよう」
「おはよう」
普段なら、祐太は眠そうな顔で昨日見た動画の話をしたり、朝食の玉子焼きの出来で今日の運勢を好き勝手に占ったりする。
しかし今朝は、何もかもが違った。祐太は冷蔵庫から麦茶を出し、黙ってグラスに注いだ。
「今日、帰り遅い?」
「たぶん、いつも通りかな」
「そっか」
会話はまたそこで途切れ、重苦しい空気の中、それぞれの職場へと向かった。
夜になっても、家の中の雰囲気はあまり変わらなかった。向かい合って夕食を食べても、聞こえるのは箸が皿に触れる音と、スマホをテーブルに置く小さな音ばかりだった。
「明日、燃えるゴミだよね」
不意に祐太が言った。
「うん。私、朝出しとく」
必要最低限の会話はしているし、家事分担も守っている。
しかし、同じ空間にいるのに、互いの間には透明の壁があるようだった。
今日は晴香が片づけ当番だったので、祐太は食べ終えた皿を流しまで運び、何も言わずにリビングへ戻った。晴香はスポンジを握りながら、昨夜の自分の言葉を思い返していた。
「だから貯金できないんだよ」
「貯金ゼロとかありえないから」
口にした瞬間は、悪いと思っていなかった。今も、自分の主張そのものを間違いだとは思わない。しかし祐太には、必要以上に責められているように聞こえたのかもしれない。金銭感覚のことを話したかったはずなのに、祐太自身をまとめて否定するような響きになっていなかっただろうか。
(謝った方がいいかな)
そう思ってリビングを振り返ると、祐太はソファの端でスマホを見ていた。画面を眺めているだけで、少しも楽しそうではない。晴香は声をかけようとして、結局できなかった。
祐太の浪費癖に関する不安は、まだ何も解決していない。しかし、このまま互いに黙っていても、状況がよくなるわけでもない。
晴香は濡れた手をタオルで拭きながら、キッチンの明かりの下に立ち尽くした。言いたいことは山ほどあるはずなのに、最初の一言がどうしても見つからなかった。
●結婚式と新婚旅行の資金をめぐり、恋人・祐太の金銭感覚に不安を募らせた晴香。感情のまま本音をぶつけてしまったことで、2人の間には気まずい沈黙だけが残ってしまう…… 後編【金銭感覚のズレで壊れかけた結婚話…冷戦の末、恋人が口にした“意外な一言”の重み】にて、詳細をお伝えします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
